散文100のお題

023. 相容れないモノ

腕時計にちらりと目をやり、待ち合わせ時間まであと十分少々ある事を確認してから少し周囲を見渡した。 外で待つには寒いし、この雑踏の中で一人待つのは何だか寂しい気分になる。 ふと視界に飛び込んできた向かいのビルの二階。 あそこなら待ち合わせ場所も見えるし調度いい。 そう思って足早に点滅を始めていた横断歩道を渡った。

暖かい店内で特に目的もなく歩き回って時間を潰しながら、ふと目に留まった奇麗な水色。 調度、視線の高さに並べてあった掌サイズのそれは水色の小さな泡が一定間隔で透明な硝子の細い管をすり抜けて底に積もっていき、入れ違いに透明な泡が立ち上っていく。

「オイル時計かぁ、かわいいなぁ」

水色の隣に置いてある硝子をひっくり返せば、ピンク色のオイルが目覚めたようにポコポコと時を刻み始める。 その隣は黄色、更に隣は黄緑色。 色とりどりの時間が音も無く確かに流れ落ちる。 静かに積もった色とりどりの一秒は再び一塊の液体に戻っていく。

 

(色々あったね)

 

ふとなぜか自分たちの過ごした時間が走馬灯のように目の前を駆け巡り、はっと我に返って自嘲気味に笑ってしまう。 こんなセンチメンタルな一面が自分にあったとは、きっと仕事疲れか季節柄の現実逃避か、それとも久々に会う約束なんてしたものだから緊張しているんだろうか、とにかく、らしくない。

 

思えば大学時代にサークルで知り合ってから、ささいな事でも対立して言い合いになって、小競り合いみたいな事を繰り返してばっかりだった。 そもそもの考え方から何から違うのを仲間がワイワイ騒ぎながら中和してくれていたから楽しく過ごせたんだ。 二人になってしまったら、始めからうまくいく筈なんてなかったのに、今更ながらうっかりにも程がある。

 

顔を合わせれば厭味と憎まれ口の応酬。

いつの間にか、というかたぶん始めから擦れ違い。

 

お互い面倒くさいのと日々の忙しさにかまけて、うやむやのままきたけど、それだってそろそろ潮時。 そう思っていたところに会おうって連絡があって、それに乗った。 今一度ちゃんと会ってお互い話をするべきだろう。

 

そろそろ時間かな、と思っていたところに着信。

見れば、”今着いた。どこ?”の味も素っ気もない相変わらずの用件のみメール。 久々に会うというのに相変わらずな奴だ、もっとも始めからだったけど。 小さく肩の力が抜けていくのを禁じ得ないまま、こちらも素っ気ないメールを返す。

”今、向かいのビルの二階。すぐ行く”。

送信を確認してから携帯を鞄にしまい何となくオイル時計に視線をくれると、調度最後の水色が滴り落ちたところだった。

 

「さて、決着つけてきますか」

 

そう一人ごちて急いで待ち合わせ場所に戻る。 この寒い中待たせたら、それだけで不機嫌になるだろうし、厭味から始まるんじゃ気分が滅入る。 エスカレータを下って店を出ると、これまた信号が点滅を始めていて、慌てて横断歩道を走りきる。

 

「お前、赤に変わってるのに無理矢理渡る奴があるか、危ねーな」

「……」

 

ごめん、お待たせ――そう言う前に呆れた表情と供に一見良識的な厭味が飛んでくる。 本当に相変わらず……というか、まあ、今のは言われても仕方が無いんだけど。 言い返してやりたいところを一瞬の間を置いて堪える。 今日くらい平穏に終わりたい。

「ほれ、行くぞ。寒い」

短く言い残してさっさと背中を向けて歩き始める。 まったく相手に合わせる気のなさも相変わらず。 ほんと、何で今まで続いたんだろう。 そもそも、続いてたんだろうか。

「どっか決めてるの?」

「ん? ああ、この先ちょっと行った所のバル」

「へー。楽しみ」

足早に進んでいく背中を軽く追いかけるかたちで着いていくと、駅から五分程離れた裏路地の一角にそのお店はあった。 お洒落なネオンにスペインバルの文字、物静かな佇まいの落ち着いた大人の雰囲気漂う店だった。

 

「いいね、このお店」

大きすぎない音量のアコースティックギターが流れる、間接照明が心地の良い店内はそこそこ賑わっている。 店の一角には小さなステージも設置してあった。 そこに視線を向けていたら調度のタイミングで声をかけられる。

「週末は生演奏もしてるらしい」

「へー、そうなの。みんなで集まる機会があったら、ここ来たいね」

「大人数で押し掛けたら迷惑なだけだろ、考えろよ」

ふと、サークル仲間で揃ってこの店で久々にワイワイしている様子を想像していると、淡い希望を打ち砕くような言葉が飛んでくる。 確かにどちらかと言うと居酒屋でノリノリで騒ぐ系の面子が多い集まりだったから、こじんまりとしたこの店に十数名で押し掛けるのは少々不似合いな気はするが、予め予約したりの配慮くらいは私にだってある。 そもそも全員揃うかどうかだって分からないのに、頭から否定されるとどうしてもイラっとしてしまう。

一瞬、目の前で寛いでいる姿を睨みつけはしたが、ぐっと堪えて代わりにゆっくりとお腹の底から息を吐き出してみる――よし、ちょっと落ち着いた。

「どうした?」

「どうもしない」

怪訝な表情で一服始める相変わらず男をスルーして、目の前のメニュー表に目を落とす。 バルだけあってお酒、ことさらワインの豊富さに思わず感心して魅入ってしまう。 最近お酒は控えているけど、思わず呑みたくなってしまうくらいどれも美味しそう。

「わー、どれにしよっかなー」

料理も美味しそう。 ページをめくる度に空腹感が増してきて、あれやこれや悩んでいると目の前で自分だけさっさと注文してしまうこの男に、改めて落胆と苛立ちを覚えてしまう。 こういう時って、二人であれやこれや会話や雰囲気を楽しむものじゃないの? と思ってみたところで、元々自分達の間にはそんな空気は無かったなと思い直す。

「で、お前何すんの?」

「あ、えーっと。じゃあ、コレ。2012年の金賞、グラスで」

店員さんが愛想良くオーダーを受けて退いていく。

 

「グラス? 何だ、呑まねーの?」

「最近アルコール控えてるから、すっかり弱くなっちゃって」

意外そうに尋ねてくる表情を見て、ああ、そうか、と改めて実感する。 学生時代はよく呑んでたし、実際アルコールにも強かった。 仲間内では一応酒豪の具類に入れられてたんだったけ。 懐かしいなぁ。

「そんな、ぶってもらしくねーぞ」

「あのね、別にぶってるわけじゃありません」

お手拭きで手を拭きながら、ここまでお互い通じ合わないものかと驚いてしまう。 続いてたんじゃなくて、ずるずる来てしまっただけ。 ちょっと勿体ない時間を過ごし過ぎてしまったかもしれない。 突っかかる事すら億劫になってくるのは疲れの所為か、歳の所為か。 気まずくなる前に頼んだドリンクが運ばれてきて、一先ず乾杯する。

「ん、美味しい」

ちょっとご機嫌になって、続いて料理を頼んで、当たり障りの無い会話をぽつぽつしながら時間は静かに過ぎていく。 ふと目の前のグラスを眺めていると、水色の滴が音も無く目の前を零れ落ちていく幻が見えた気がした。 意味の無い会話もお店の音楽も、ただ静かに滴り落ちていく。

 

「どうした、さっきから? マジでどっか悪いのか?」

「穏やかな気分に浸りたいだけ、最後くらい」

 

本当に、この男にはデリカシーの欠片もないんだなと心の底に沈んでいく苛立ちを感じながら代わりに浮き上がってくる物静かな感情。 抑揚のない透明な物悲しさを覚えて視線を上げると、そこには拍子抜けしたような間抜け面。 あのね、私だっていつまでも子供っぽくキーキー喚くような事しないだけ歳は重ねてるの。

 

「楽しかった、ありがとう」

お店を出てヒンヤリとした空気に身震いして、駅に向かって歩きながら隣で黙りこくってるマイペースさんが何を考えているのか、とうとう最後まで分からなかったけど、少なくとも学生時代はそれなりに楽しかった、それは事実だ。 駅の明りが見えてきて腕時計に目を落とす。

「あ、急がないと電車くる。わたし行くね、じゃ、さよなら」

 

最後に見上げた横顔は無表情で、そこからは何も読み取る事は出来なかった。 何だか、こちらも拍子抜けするくらいあっけない幕の切れ方だけど、電車の時刻は目前に迫っているから急いで信号を渡りきり、もう二度と振り返る事はなかった。

数年ぶりに執筆活動再開しました。まずはリハビリ代わりに散文からがんばります。

2014.01.13 掲載

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