01. ある夏の日
今年は梅雨時期から台風がボカスカ来た。
いつもは頭の芯がキリキリするような蝉の大合唱も、暑いやら寒いやら分からない今年は、心なしか元気がない。 そうなると、短命なだけに珍しく同情している自分に気が付いて、藤本さんは「あらま」と呟いた。
「ふーじーもっさーん!」
どこか空寂しく静かな気分に浸っていた矢先だったのに、足許と頭上とを両方から突き崩すような大音声がズガーンと飛んできた。 おかげで、夏休みに健気に頑張る部活動のようだった蝉のコーラスも、丸々どこかにすっとんでしまった。
「何やの、竹やん」
「半村の『イコ爺』知っとる?」
第一区の竹下さんが来る時は、たいていにおいて何か喋りたくてウズウズしている時なので、またどこぞで何ぞを聞いたのだろうと察しがついた。 しかし、イコジで有名な半村さんの話題である。 特に理由はないけれど、何だかイヤ〜な予感が……。
「知っとうよ。 去年さっそく散々な目に遭うたばっかりやん」
「あ、せやったねぇ。 ほんなら、お孫さんの万里香ちゃんは?」
「知っとうってば、去年、熱中症やったんやろ!」
「あれ、もう言うとった? ゴメン、ゴメン」
竹下さんは豪快に笑い、そしてビシビシと藤本さんの背中を叩いた。 あちこちから次々と、バラエティーに富んだ話題を持って帰ってくるのは大変に結構なのだが、同時に胃の中の角砂糖のように消化されているらしく、前のものは丸きり覚えていないのだ……。
だから、情報の蓄積量で言えば、聞く側の藤本さんの方が豊富だ。
「よう覚えとるねぇ、ふじもっさん」
「日記つけとうからね、家計簿に。 それより、半村さんが何なん?」
やっと本題に入り、竹下さんはパムパムと手を打った。
「せやせや、何か半村のイコ爺の所、ビデオカメラ用意しとったんよ」
「何で? 取材か何か?」
「カメラマンは、ここの坊さんやったよ。 でも、一張羅着て、頭も反射するくらいペカペカしとってな、綺麗にお掃除しとったし、あれはただ事ちゃうよ、うん」
「あらま、何やろねぇ、一体」
「なあなあ、見に行かへん?」
「……半村さんのトコやろ? アドベンチャラーやね、竹やん」
かなり渋る藤本さんを強制連行して、竹下さんは第三区の半村さんを訪ねていってしまった。
「何の用じゃい、よそモンが!」
早速、イコ爺がズンと立ちはだかった。 白髪になったライオンみたいな半獣爺だと竹下さんが悪口を吹くと、イコ爺がガオーンと吠え猛る。 すると、孫の万里香がすっとんできて、ひたすら謝った。 今時珍しい純朴そうなお嬢さんなだけに、この爺子関係が不可思議で仕方ないのだが、それを言ったら言ったで、またガーガー喚かれる。
「一体どうしたんですか、今日は?」
万里香がイコ爺を押し退けるようにして、藤本さんらを見る。 まだ十七歳だというから、同情もしたくなる。 それに、第四区の不良どもと違って素直でよっぽど可愛げがある。
「いやね、このカメラが気になって来たんよ、うちら」
正確に言えば、藤本さんは引っ張ってこられた……。
「ああ、あれですか? これからお墓参りが始まるんです」
「お墓参り? せやけど、ご家族は?」
「あのレンズの向こう側です。 多分、もう見てると思いますよ」
竹下さんも藤本さんも、えっと驚きを口に出して、スタンバイしてあるカメラを見た。 どっから見ても両手の平くらいしかないサイズのビデオカメラだった。
「へえ、この中にご家族がおるの?」
カメラのボディをペチペチ叩いて、竹下さんが感心した。 今度は逆に、万里香がえっと言葉を詰まらせる。
時代と年代のズレ……だろうか?
「何言うとう、竹やん。 テレビか何かの前におんのやろ? ねえ万里香ちゃん?」
「はい、パソコンの前にいると思います」
「うち、テレビの中に人おるのやと思とった。 ところで、パソコンて、何?」
「あたしも使たことないわ、聞かんといて」
おばちゃん二人では理解に限界がきたので、すかさず万里香が質問責めにあう。 これらのおばちゃんは、パソコンの何たるかを理解するしないよりも、とにかく気の済むまで尋ね倒すのが性だったりするので、万里香にしてみれば迷惑この上ない。
「インターネットを通じて、世界中のどこからでもお参りできるんです。 自宅から」
精一杯、簡単に説明したつもりだったが、おばちゃん二人は共に、インターネットという未知との遭遇を果たした為に、またもや万里香は説明に困った。 その間、イコ爺はケンケンわざとらしく咳払いや、立ち歩きを繰り返し、しまいには、ついにイコ爺パワー全開で怒鳴り散らした。
追っ払われて遠巻きにしていると、第四区から金やら銀やらのカラフルな頭をした少年少女がやってきて、万里香に話しかけようとしたが、イコ爺に一喝されてヒュルヒュルとすっとんできた。
「チョーウザッ、ジジイ死ね!」
「ぶっ殺すぞ!」
何と言うか、とにかく柄が悪い。
呆れるやら怖いやらで、しばらく見ていると、中には冷静な奴もいた。
「っていうか、もう死んでんじゃん」
……そうなのだ。 こいつら全員、実は他界しちゃっているのだ、すでに。
「きみら、万里香ちゃんの友達……なん?」
藤本さんが、このカラフルな連中に対して勇気ある発言で臨んだ。 カラフルな連中が、こぞって振り返る。 頭が金やら銀やらであるどころか、耳にも鼻にも穴が空いていた。
「チョートモダチ。 ヤバイくらいダチ」
「は? ……ヤバイ、ダチ?」
藤本さんには、それが日本語に聞こえなかった。
「きみら、外国人?」
「はーぁ? 何言ってんの? ヤバイんじゃん?」
お互いに、会話が成立していない。 言葉のキャッチボールは、打ちっぱなしゴルフに早変わりしていた。
「え、宇宙人?」
更に激しくボケる藤本さんに危険を感じて、竹下さんが何とかフォローに回ろうとしたが、あまり効果がなかったので、とりあえず逃げる事にした。
「追っかけて来よるけど、竹やん!」
「とりあえず、ここは切り札や、切り札!」
急いで第二区に引き返すと、藤本さんと竹下さんは、大声で喚きたてた。
「奥田さーん、奥田さーぁん!」
雑草があまりに生えすぎて、もはや誰のものかも分からないような墓前に分け入って何やら引きずり出した時、調度、少年少女が追いついてきた。
すかさず出したものを前に投げ出す。
「何なのよぉ〜ぉ、誰なのよぉ〜……ぉぉ」
一瞬にして、氷河期が降って沸いた。空気を打ち震わせて響く、薄ら気味の悪い声が、恨めしそうにそこらを漂っている。 その、想像を絶したホラーの世界は、なりたてオバケちゃんには強烈過ぎた。 彼らは気絶する事も逃げ出す事もままならずに、その場で凍りついた。
「金縛りに……おうたんとちゃう、この子ら……?」
「カラフルには真っ黒しかない思たんやけど、思わぬ副効果バッチリやったね!」
偶然に頼りすぎる竹下さんの切り札は、ある意味最強だった。
予想を越えているというところが……。