ギャグ小説

e-ghosts 電脳幽霊

e-ghosts 電脳幽霊

02. 最近の住宅事情

思い切り怖い思いをした少年少女だったが、それも最初だけだった。

泣く子どころか、霊媒師まで気絶させる程オドロ〜な奥田さんに対して、「チョーカワイ〜!」と、きたのである。

しかも、よりによって「カワイ〜」である。

絶対ありえない言葉を聞いた瞬間、藤本さんと竹下さんの方が、逆にホラーを味わった。 かたや奥田さんも、とんと聞かなかった可愛いという言葉に、にわかに混乱しつつ藤本さんらに、「可愛いって、あたしの事? ねえ、あたしの事〜……?」と、蒼白の顔をズイ〜……と近付けてくる。 とりあえず藤本さんらが頷いて見せると、にたぁ〜……と笑った。 にこり、ではなく、にたぁ〜……である。

「可愛いやろか?」

「聞かんといて」

あえて答えを出さないでおいた藤本さんらをほったらかして、奥田さんと少年少女は、やかましく盛り上がっていた。 信じたくない展開だったが、ともかく、話の輪には是非とも加わろうとする竹下さんの根性も負けてはいなかった。 押しの強さに便乗して、ちゃっかり藤本さんもついてきた。

 

「あー、うちらバイクで事故った」

竹下さんの質問に対して、そう答えたのは通称、池っち、というツンツン頭の少年だった。 いわゆる暴走族の端っこにいて、警察とチェイスして交差点に飛び出して、たまたま来た軽トラに跳ねられたそうだ。

「あんた達〜……、死に方も迷惑だったのね〜……」

そんな奥田さんに「うるせーよ」で反発すると、今度は自称アユという金髪クリクリ頭の少女が、奥田さんの住まいのボロさ加減をボロクソに言った。

「ってゆーか、ボロくねー? あるだけムダ? みたいな」

 

恐ろしい発言をしたものだ。

竹下さんが少年少女をなだめ、藤本さんは奥田さんを押さえた。 言っちゃいけない事を、よりによって宇宙人的な、否、非友好的な表現を用いて発射した怖いもの知らずは手におえない。

「あんたら不良は、死んでも帰る場所がないのねぇ〜……!」

「っていうか、オレらはともかく、アユは実物ねーもんな?」

奥田さんの怨念めいたイヤミも、あっさり流されてしまった。

「え、ないのん !? 」

池っちの言葉には竹下さん藤本さんばかりでなく、奥田さんも意外だったらしく、ぎょろんと目をむいてアユを見る。 アユは普通に頷いて、なぜかイエーイとVサインを作った。

「え、……野仏?」

「ノボトケって? わけ分かんない」

「お墓……ないんやろ?」

「うん。 ネットの中にあんの」

ね……ねっと? かご……じゃなくて網……? ……? ……?

ここでも、年代のズレのおかげで未知と遭遇する三人だった。 まさか、つい先ほど、万里香が一所懸命説明したインターネットなるものと、同じ事を言っているとは、思ってもみなかったのである。

 

「ネットて、一体何?」

 

余計わけが分からなくなった三人に、急きょ金やら銀やらの頭をした、にわか講師たちによる、穴の空きまくったインターネット講座が始まった。

 

「ネットでメールすんの」

アユ先生の説明は、余計な謎を生んだ。

「メールって手紙の事でしょ〜、切手は貼らないのぉ〜……?」

「貼んないの。 そんで、どこでもスグ飛ばせちゃうの」

「飛ばすってどこに?」

「どこでもっつってんじゃん」

「あ、つまり世界中どこでも」

足許から溶け始めた藤本さん、竹下さん、奥田さんを見て、池っち先生が横から口を出した。

「切手も貼らんと、手紙を世界中に送れんの !?」

「そう、ボタン一つで」

「ボタン一つ !? ポストも郵便屋さんも無視なん? そんなんして捕まらへんの !?」

「……え」

藤本さんと竹下さんが、ほぼ同時に池っちに詰め寄った。 手紙といえば、62円切手を貼ってポストに投函し、二、三日後に郵便屋さんが届けてくれる時代の人達には、一発送信ボタンで数秒後にはもうメールが届いている世界が理解できなかったのである。

「あーもう、説明すんのチョーウザイ!」

「しかも62円切手……ありえねー」

もはやパソコン講座とか言ってる場合じゃなかった。

とりあえず、インターネットを体験させるべく少年少女は、おばちゃん三人を連行して、万里香の所になだれ込んでいった。

 

その頃、調度、一張羅を着こんだ何だか偉そうな坊主が、読経最高潮だった。 周囲はともかく、本人は一番盛り上がっていたのに、そこへ賑やかな連中がこぞって乱入してきた。 とはいえ、驚いたのは万里香とイコ爺の方で、坊主はポクポクと木魚を叩いては読経、叩いては読経を繰り返していた。

「何なんじゃ、お前たちは! 非常識がこぞって何の用じゃ!」

「万里香ー、ネット経験しに来たよ〜ん」

もはや勢いに任せてイコ爺を無視する集団心理は強かった。 半獣爺も何のその、である。 そして、とりあえず置かれたカメラに向かってピースやら、アカンベーやらをして、わけも分からずネットを気分で体験したおばちゃん三人とウジョウジョいるその他を、冷静に見ている子供が一人、画面の向こう側に座っていた。

「ほら、奈保子。 万里香の墓前よ、お姉ちゃんに手を合わせないと」

それが、年の離れた妹、奈保子であった。 万里香を取り囲んで何だか盛り上がっているそれらが、画面からはみ出さんばかりにして溢れ返っている光景は、奈保子にしか見えていなかった。

「……ふっ」

他に言う言葉も思いつかず、ただ鼻で笑うしかなかった。ネット中継の間ずっと、そればかりが気になって、いくら坊主の頭がテカリ輝こうと、目に映らなかったのである。 中継が終わっても、まだ頭の中にはウジョウジョしていた姉たちが一杯に詰まっていた。

「便利なお墓参りだけど、万里香、寂しくないかしら」

「一緒に入ってるのはジイさんだしなぁ……」

両親が話しているのに割り込んで、奈保子は力いっぱい断言した。

「あれだけいれば、寂しくないよ」

顔を見合わせて首を傾げる両親をよそに、一人のうのうと自室に引き返した奈保子は、何となく生前の姉の写真を見た。

「奈保子、どうしたのかしら?」

「昔から、ああいう子じゃないか。 心配しなくていいよ」

「まあ、そうね」

 

中継が終わると、普通に片付けが始まった。 何となく盛り上がったが、どうもスッキリしない気分だった。

「あんなん、ビデオ撮影と変わらへんわ」

「インターネットて、何?」

「今撮ったのって、見られるのぉ〜?」

満足を知らないおばちゃん達が、少年少女に向かってブーブー不平を鳴らし始めた。 今ひとつ展開が読めない万里香は、間で板ばさみにあい、墓石の如く押し黙ってしまった。

「何で分かんないの !? ウザすぎ!」

「分かっとるわ、インドメールがネットなんやろ!」

「竹やん、インターネットがメールで、ボタンが一つやって」

「あたしの知ってるパソコンは、ボタンが沢山板についていたわぁ〜……」

「だーかーらー、それはキーボードで、パソコンの一部だけどパソコンじゃないっつってんじゃん!」

「分からへんわ!」

少年少女は言葉が足らず、おばちゃん達はシナプスが足らなかった。

 

「……何だか、激しく誤解しているのは、よく分かりました」

双方から「何とか言ってよ」と、がなられたので、万里香がようやく口を開いた。 そして、インターネット講座パート2が開講した。

 

「何や、メールいうのはインターネットを使て送るんやな」

「それにしても、よう郵便局が黙っとうね? 国の政策はどうなっとうの?」

「もうすぐ郵政民営化するみたいですよ」

「え、どうやって !? 何で知っとんの?」

「……だから、インターネットで」

どうも半分以上はまだ理解していないようだが、ともかくしきりに感動しているのは確かだ。

いつまでも時代遅れじゃいられない!

……という決意が感じられなくも、ない。

2002.07 掲載(2009.08 一部加筆修正)

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