02. ノリノリロケンロー
そして無情にもとっぷり夜がやって来る。
見るからに仏頂面の孫たちに比べて、グランパ・ジョージの何と晴れやかにめかしこんだものか……複雑な空気の入り混じる中、グランパ・ジョージは両手に孫たちの手を引いて、ステップを踏みながら夜道を踊り去って行った。
ダンス会場、市民会館には既に大勢が集まっていた。 どの人も顔なじみだ。 はっきり言って放っておいても盛り上がる環境になっているのだ、既に。 そしてやっぱりグランパ・ジョージは一層細かいステップを踏みながらダンスフロアに舞い上がる。 まだまだ余興だというのに、既にノリノリだ。
「それにしても色んな人が集まってるんだねぇ」
「本当、見てよ。 世界的有名人もたくさんいるね」
スージーの指差した先には、嘘か本当か、フランケン君、ドラキュラさんを始め数々の映画にも登場する有名人がウゾウゾと談笑していた。
「狼男にジェイソンさん、一反木綿に塗り壁さん、まさしく和洋折衷何でも有りって感じだね」
「美女に野獣に、蛙にお姫様、この際白鳥もありなんだねぇ」
オレンジジュースを飲みながら、ジャックとスージーはそれぞれに見たものをお互いに話して聞かせている。 その間、既にグランパ・ジョージはノリノリでロケンローしていたわけだが、そんなものには見向きもせずに孫たちは周囲を観察している。
「あ、あの覆面してるのアヤシイー!」
スージーが思わず声に出して指差した。 確かにその先には仮面舞踏会と勘違いしてるのか、それとも仮装大会と間違えたのか、妙に浮き立ってしまっている一行がいる。
「ああ、あれひょっとして、ノッペラさん達じゃないかな? 去年グランパ・ジョージに聞いたよ。 顔が無いからって理由で、毎年ああやって仮面をつけて来るんだって」
「仮面たって、隠しすぎだよ。 あれじゃ銀行強盗だね」
スージーはキッパリ言い切った。 確かに仮面の一行もといノッペラ・ファミリーは、この場の空気から浮いてしまっている。
「顔がないって言うのは、骨だけよりも格好悪いね」
なのに、スージーの更に追討ちをかける発言は、ジャックのフォローの域を超えていた。 仕方ないから黙っている事にしたジャックは、チルーッとオレンジジュースを飲み干した。
「あ、ミイラさんだ。 ミイラさんは僕等にしてみたら結構近い種族だよね? 何たってベースは骨なんだし」
暢気にジュースをおかわりに行ったジャックだが、ミイラさんは恐るべき地獄耳だった。
「ミイラとガイコツを一緒にしないでほしなぁ。 上等なミイラになるには時間とお金がかかるんだから」
気取った様子で去って行くミイラに、ジャックは分からないようにアカンベーをした。 ミイラだって骨と皮じゃないか。 自慢になるもんか。 これだから金持ちって奴は嫌いなんだ。
スージーの所に戻ると、一人になったスージーは何とナンパされていた。 面倒くさそうに断わっているスージーを見ていると、果たして自分と同じ兄妹とは思えなくなってくる。 何だって、同じ骨なのにスージーはあんなにモテるんだろ? 首を傾げながら、ジャックは世の中の不思議を考えていた。
「相変わらず人気者だねぇ、スージーは。 あ、はい、おかわりのグレープジュース」
「本当にウザイ!」
チルチルーッとジュースを飲む姿を横目に見ながら、ジャックはこっそり思った。
……そんなセリフ、一度でいいから言ってみたいよ。
兄貴としての面目の無さに、改めてヘコむジャックだったが、スージーがそんな事を知るはずも無い。 大人しくジュースを飲んでいると、暢気で賑やかな老骨がひょっこり姿を現した。
「ノッてるか〜い?」
「机の上にはね」
「グランパ・ジョージはね」
冷めた反応を示す孫たちに、グランパ・ジョージはまたしても、ちっちっちと指を振った。
「若者がそんなんじゃいかん、いかん。 さあ、こっちで踊らんか、楽しいぞ?」
確かに、グランパ・ジョージは楽しんでいるようだが、孫たちがそれに同調するわけにはいかなかった。 なぜなら、彼らはグランパ・ジョージの知るところでない陰の任務を背負っているのだから。
「楽しいのは分かってるから、グランパ・ジョージこそほどほどにしておいてよ?」
「何を言うか、夜はこれからじゃー!」
にわかに辺りがざわめいた。何事かと思ったら、一人のダンス仲間がすっ飛んでくる。
「今年も来よったぞ、奴等!」
「何と、またか!」
孫たちには話が見えなかったが、やがて人ごみの合間から見えたキョンシー達を見て、思わず身を乗り出した。 生で見るのは、どうやらこれが初めてらしい。
「奴等は常日頃からああやって飛び跳ねてばかりだから、連中が来ると思うように踊れないんじゃ!」
グランパ・ジョージは憎々しげにそう教えてくれたが、孫たちにしてみれば、散々ダンスフロアを独占して踊り狂っていたこの老骨には、偉そうな事は言えないと腹の中では思っていた。
確かにキョンシー一家は、皆一列にきちりと並んで一糸乱れぬホップ、ステップ、ジャンプを披露している。 ただ飛んでいるだけなら、別に問題はないのじゃないかと思うのだが、グランパ・ジョージは一言、「やりづらい!」で片付けてしまった。
突然、フロア内の音楽が変わった。
今までは踊りやすいビートの効いたポップスや、或いは穏やかにワルツ等を中心に流れていたのが、今度はあっという間にロシア民謡のような音楽が流れ始める。
「何だろうね?」
「さあ?」
孫たちは首を傾げていたが、グランパ・ジョージの元にはまたしても実況報告係がやって来る。
「……は? キョンシー一家がコサックダンスを踊ってる?」
何でも、去年は普通に見学の為に参加して、普通に飛び跳ねていただけなのにクレームをつけられたので、どうやら彼らなりの努力の賜物であるらしい。
「キョンシーって足腰強いんだねぇ」
「ただ跳ねてるだけの人捕まえて文句言うのってひどいねぇ」
曲が終わる頃には割れんばかりの喝采と拍手が巻き起こる。 老骨の孫たちも珍しく興味を持って拍手をしていたので、こうしてはおれぬとばかりにグランパ・ジョージは再びダンスフロアへと姿を消した。
「一等賞は誰にも譲らんぞー!」
そんな声が聴こえてきて、またしても孫たちは溜息をついたのだった。
「今度こそ、ぶっ倒れるかな……」
「さあね。 だいたい骨が動き回るのに、どれだけの気合と根性と集中力を必要とするのか、考えた事あるのかな、グランパ・ジョージは?」
「無いと思うよ」
きっぱりと断言され、しかも否定する者もいない。 知らぬが仏と言わんばかりだが、当人はまるで踊り狂っている。
そして、程なく……カンカラ、カンカンカーン!
何やら乾いた物が散らばって弾む音が聴こえてきた。
どうやら、集中力を使い果たしたようだ。 溜息をつきながら、回収係の孫たちは今まで座っていた机から飛び降りて、人でごった返すダンスフロアへと潜り込み、せっせと老骨を拾い集める事に従事したのだった。
「まったく、毎年これなんだから……!」
「懲りないよねぇ、グランパ・ジョージって」
「本当、毎年どっかパーツ無くすしね」
「僕思うんだけど、来年からは接着剤とか使った方がいいかもしれないね?」
「全身用ポ○デントとか?」
せっせと骨を拾い集めながら、改めて持参していた大きな袋に放り込む。 その帰り道は、まるで季節はずれのサンタクロースさながらだった。
「ただいまぁ」
家に帰ると、家族は何も言わずに迎えてくれた。 そして袋の中ですっかり失神しているグランパ・ジョージに苦笑いをこぼして、孫たちを内へと促した。 これから、家族総出でバラバラのグランパ・ジョージを復元していかなければならないのだから、苦笑いもしたくなる。 まあ、分かりやすく言うと、等身大立体パズルをするようなものだ。
「今年はまた、ハデにやったなぁ……」
「今晩も徹夜か……」
「その前にご飯食べたいなぁ」
「あたしもー」
「じゃ、用意するから手を洗っていらっしゃい」
「とりあえず奥へ運ぼうか」
「まったく、世話の焼ける人だねぇ……」
そうして、グランパ・ジョージが完全復活するのに、丸二日はかかる。 毎年毎年、凝りもせずグランパ・ジョージは老骨をカツカツ言わせて、この時期は踊り狂うのだ。 彼らにとって、ハロウィンは一年のうちで最も過酷な時期なのである。 そしてまた、来年のこの時期も、再来年のこの時期も、やっぱり同じ事をしてるのだ。