01. グランパが誘拐された!
その日、グランパ・ジョージはスキップしながら家路を辿っていた。
何ゆえご機嫌なのかは、よく分からないのだが、とにかく上機嫌だった。 老骨をカツカツ言わせながら、そこら中にお花を散らして、スキップ、スキップ、ランランラ……そして、事件は唐突に起こるのだ。
上機嫌でスキップしていたグランパ・ジョージの耳に、何やら獣の唸り声が……聞こえた気がした。 思わずコツリと足を止め、じっと聞き耳を立てる。 背骨にピリピリとした空気が感じられた。
「こ、この気配は……!」
物凄くイヤァ〜な感じがする。 それだけは何故だか分かる。
ぐるるるるるっ
ジョージは、自分に忍び寄る不気味な影を見た。 後ろから、じわり、じわりと伸びてくるその影は、確かに好戦的に唸っていた。
ぺた、ぺた、ぺた……不敵にも足音を消そうともせず、けれど確実に自分に近づいている。 まさしく、デンジャー。 そう解釈した途端、ジョージは今年一年分の精神力と集中力をもって、全速力で走り出した。
ツカカカカカカッ !!
老骨は必死の形相で、T-1000の走りのフォームで大通りを駆け抜けた。 裏路地に入り、背後の気配が無くなったのを感じて、にわかに足を止め、荒い息遣いでそっと後ろを振り返る。 ……よし、いない。 ほっとして歩き出したグランパ・ジョージだったが、それで難が過ぎ去ったわけではなかったのだ。
ぐるるるるるっ
先回りされて、待ち伏せられていたのである。
「……っひ! びっくりしたぁ!」
思わず心臓に負担がかかり、驚いた拍子に肋骨がコキリと鳴った。
ギャウワーーッ!
クルリ回れ右をしてダッシュしたグランパ・ジョージだったが、驚いた拍子のロスタイムは大変イタかった。 一瞬の差で、グランパ・ジョージは飛びかかられていた。
そして……すっぽんっ!
「わーっ、助けてくれ〜っ !! 」
泣き叫びながら、ジョージは通り魔に連れ去られてしまっていた……。 遠ざかるグランパ・ジョージの声と共に去ってゆく通り魔。 そして、犯行現場に残されたのは大部分の骨だけ……。
……え、骨?
よく見てみると、何とそこにはグランパ・ジョージの体が、ちゃんとあるではないか! 更によく見てみると、何から何までちゃんと揃って残っていた。 ……そう、寂しいのはただ細い首の骨から上が、まるまるサッパリ無いって事だった。
翌日、どうすればいいのか途方にくれていたグランパ・ジョージは巡回中だった保安官に身柄を確保されていた。 そして、グランパ・ジョージの『すっぽんっ! 頭部誘拐事件』は、あっという間にメディアの話題になったのだった。
「グランパ・ジョージ! 無事 !? 」
そして、連絡を受けたスケルトン一家が、こぞって駆けつけた。 グランパ・ジョージは感激しながら、それを表現して事情を説明しようと必死だったのだが……
「何で、こんな時まで踊ってるんだよ!」
一番上の孫が言った途端、グランパ・ボーン・キーック!
「いって!」
蹴られた。
「踊ってたわけじゃないみたいね」
一番下の孫が冷静に言う。 首なしグランパ・ジョージは体だけで憤慨していた。
「それにしたって、一体何があったのさ?」
三番目の孫ジャックがポツリと尋ねると、グランパ・ジョージは(頭があれば)涙を流して孫にすがった。 ジャックが怯えていると、保安官が苦々しそうに説明した。
「捜索中のジョージ・スケルトン氏の頭部が今朝未明に発見されました……が、しかし」
「しかし、何なんですか !? 」
家族こぞって身を乗り出したが、保安官の言葉を聞いて愕然とした。
「かくかく、しかじかというわけで……」
「そっ、そんな!」
「場所は特定できているのですが、迂闊に踏み込むのは……」
「き、危険だ! 危険すぎる、特に私たちには!」
お父さんが頭を抱えて絶叫する。
「そうでしょうとも……」
保安官も同意して、重々しく頷くだけだ。
「だけど、このまま放っておけないよ。 いつまで経ってもグランパ・ジョージは帰ってこられないじゃないか」
帰り道、ジャックは隣を歩く妹スージーと話していた。 しかし、スージーの返事はあまりにも冷静かつ冷淡だった。
「でも、桜さんの所に踏み込む勇気ある?」
「……ない」
「そうでしょ? だって桜さんにとってあたし達一家はみんな食料みたいなものだもん」
「……う、ん」
「食料じゃなくても、おやつか、いいトコおもちゃだもん。 ここは保安官に任せるのが一番だと思うな、あたしは」
「……うん」
しょんぼり頷くジャックの頭を、ジャックよりも大きな骨がパコっと叩いた。
「お前は、何を妹に丸め込まれてるんだ!」
「そうは言うけど、ピーターは踏み込む勇気ある? あの桜さん家に!」
「あるわけないだろ!」
一番上の兄ちゃんは、あっさりと掌を返した。 スージーが冷めた目と共に小ばかにした溜息をつく。 だが、一番上の兄ちゃんですら迂闊に反論できない妹である。 俄かに勃発した冷戦に、むしろジャックがオロオロとうろたえる中、ピーターは携帯電話を片手に大いに威張ったと思うと、何やら得意げに、どっかに電話を掛けている。
「……花咲いてるね」
「……うん、楽しそうだね、ピーター」
「っち、通話中か」
弟妹達の会話の側から、またしてもピーターは不機嫌に舌打ちをしている。 ころころと変わる気分屋の兄が、またもや意気揚々とリビングになだれ込んできたのは、その日の夕飯が済んで一息ついている時だった。 ジャックはテレビを見ていたし、スージーは雑誌をめくっていた。
「聞け、兄弟よ! 明日グランパを奪還するぞ! ふははははっ」
「……?」
今一つ反応の悪い弟妹たちを見て、ピーターは短い沈黙のあと軽く咳をして、それからおもむろに自分の携帯電話を差し出した。
「携帯がどうかしたの?」
どうしようか、少し考えた末ジャックが尋ねると、ピーターは案の定、大威張りだった。
「さっきようやく電話がつながったんだ、随分時間がかかったぜ」
「どこに掛けてたのさ?」
「ふっふっふ、聞いて驚くな。 正義の味方を一人レンタルしたんだ!」
「……」
「……」
ピーターの予想に反して、物凄く重厚な沈黙が降った。
「……何だよ、この濃い空気はよ」
「え、だってピーターが驚くなって言うから」
「またホラ吹いてるのかと思ったから」
ジャックもスージーも実に冷めた上、冷静〜に答えるものだから、さすがにピーターも気が抜けて骨をカタカタいわせてしまう。 スージーに至っては、まるっと全然信用していない。 折角大威張りしたのに、何だか格好悪い思いをしたピーターは、己を奮い立たせると消えかけたテンションの火をもう一度燃やす。
「いや、俺はマジで言ってんだぞ。 知らないのか? 最近流行ってるんだぜ、レンタルヒーロー業ってやつが」
「ああ! よく遊園地とかデパートの屋上でやってるやつ?」
「おう、俺もそのバイトした事あ……って、違う言ってんだろが、このスカスカ骨太郎!」
すかさずポカリと一発、小気味良い炸裂音がジャックを襲う。
「だって知らないもん、聞いたことないよ、そんな怪しげな業種。 ピーター騙されてるんじゃないの?」
頭を抑えるジャックの傍らで、間髪置かずに放たれたスージーの強烈な指摘に、ピーターのテンションの炎がまたもや儚く揺らぐ。
「……お前ってやつは、本当に可愛げの無い事ばかり言いやがって。 マジであるんだよ、そーゆー業種! 信用しろよ」
「……ま、まあいいから、どんな正義の味方なの?」
結局ジャックが気を遣う事になるわけだが、ピーターはとりあえずくるりと振り向くと、ファクシミリ電話の前に立った。
「おう、それなんだが、そろそろファックスで詳細が届くはずなんだ」