02. レンタルヒーロー
ピーッ ガーガーガー……っぺら。
「お、来た来た」
「何て書いてあるの?」
「えーと。 この度は弊社をご利用頂きまして、誠に有難うございます。 ……まあ、この辺りはいいか。 えーっと、派遣されてくる正義の味方の名前は『アバレ太郎』、暴れるンジャーのリーダーだと……具体的な戦隊名だな」
「何か正義の味方っぽくないよ、それ」
「ってゆーか、何で単品なの?」
「えーと。 ただ今、大人気の為、メンバー全員セパレートに活躍中……なんだと」
「……大丈夫なの?」
「ねえねえ。 アバレ太郎、六歳って書いてあるよ」
ジャックが控えめに指差した所には、確かに書いてあった、六歳……と。
「うおっ、な、何じゃそりゃー !? 」
「なお、正義の味方はトップシークレットにつき写真等、個人情報が漏れる恐れのある者は除外させて頂いております。予めご了承下さい。だって」
(う、うさんくせぇ……っ)
誰もがそう心の中で叫んだ。 とにかく不安ばかりが膨らんでいく中、それでも朝はやって来るのである。
翌日。
ぴんぽーんっ♪
「あ、お早うございます! 正義のヒーロー『アバレ太郎』参上しました!」
眠たい目をこすりながらドアを開けたスケルトン一家がまず見たのは、とにかく爽やかな笑顔と光る歯だった。
「アバレ太郎、六歳……さん?」
「はい、閏年生まれの六歳、アバレ太郎です! ヨロシク!」
きらーんっ。
「う、閏年生まれ……そーゆー解釈か」
ピーターは謎の呻き声を上げながら、それでも何処かホッとした。
「始めに、お聞きしておきたいのですが、あなた方のおじい様を、白昼堂々誘拐したという、『桜』なる人物とは、一体、何者なんですか?」
こいつは、いちいちポーズを取らないと話も出来ないのか? そう思いつつ、スケルトン一家は事情を説明した。
「あの、いえ、桜さんはご近所さんなんですが、人物ではないんです」
「人物ではない? どういう事ですか?」
「我々にとっては、何より怖い存在なんです、彼女は」
「ほう、女性ですか『桜』なる人物は」
「いえ、だから人物じゃないんです」
「……何だか、ややこしい話ですね?」
「……でもないんですけど。 ただ、桜さんは女性……なんですが、つまり雌なんです」
「雌? 人外と言う訳ですね? 妖怪ですか、これは腕が鳴りますね、それでこそアクションヒーローらしい展開ですね!」
意気揚々と出て行こうとするアバレ太郎に、不安をたらふく覚えながら、スケルトン一家は話を続けた。
「つまり、その……犬なんです、桜さんは」
「……いぬぅ?」
「はい、ラブラドールレドリバーの雌です」
正義のヒーローの上に、レベル5クラスの巨大な沈黙の台風が上陸した。 おそらく、彼の頭の上を何匹ものラブラドールレドリバーが超高速で駆け巡っていただろう。 確かに、骨を最も好物とするラブラドールレドリバーの桜さんは、スケルトン一家にとって恐怖の女王的存在だった。
「……敵は、犬?」
どうやら、戦う前からヒョロヒョロに気が抜けた様子のアバレ太郎だったが、とにかく依頼は依頼。 仕事はきっちり果たすのがレンタルヒーロー業のお約束だ。 スケルトン一家が先頭に立ち、一行はご近所の桜さん家を目指した。
「グランパいないね……」
「もう食べられた後だったらどうしよう……」
「不吉な事をアッサリと言うな!」
庭を偵察していた孫たちは、最悪のケースを想像して蒼くなった。 その時、グランパの身体がカタカタと合図を送ってきた。 だが、頭が無いので他人には踊っているようにしか見えない。
「何でこんな時まで踊るんだ、うちのグランパは!」
グランパ・ファニーボーン・アターック!
「うおっ、ジーンときたぁ。 ジーンと!」
ピーターは肘を打った時、ジーンと痺れる所をマトモに攻撃された。
「どうしたの、グランパ・ジョージ?」
グランパ・ジョージは何やら地面を指差して、カタカタ言っていた。 とりあえず地面に集中していたが、二人とも「あっ」と声を合わせた。
『ひーっ、たーぁすけてぇ〜!』
「グランパ・ジョージの声だ!」
スケルトン一家はこぞって地面に集中して、必死にグランパ・ジョージに話しかけている。 地面に耳を擦り付けても何も聞こえないアバレ太郎は、しばらく不思議に思っていたが、はっと気が付いた。
(まさか、こいつら……骨伝導か !? )
「アバレ太郎さん、グランパは桜さんの寝床の地面の下に埋められてるよ!」
とにかく疑問そっちのけで、アバレ太郎は漆黒の雌犬と対峙する事になってしまったのである。 スケルトン一家の算段では、アバレ太郎が桜さんと戦っている間に、孫たちがグランパを掘り出すと言うのだが……
「よ、よし。 桜さん、フリスビー取っておいでー!」
アバレ太郎は眩しい笑顔と共に、何やら『格好良い決めポーズ』でヒーロー印のフリスビーを投げた。
「か、かっこいい……!」
そう、ヒーローは何をやらせても笑顔で様になるように出来ているものだ。
「お前は、見とれてる場合か!」
ピーターにポコリンっと叩かれて、ジャックは頭をさすりながらグランパを掘り探した。 だが、なかなかグランパは顔を出さない。 一体、桜さんはどれだけ地中深くにグランパを埋め込んでしまったのだろう。
命を賭けて掘り起こしている孫たちの向こうでは、桜さんとアバレ太郎が微笑ましく戯れるという何ともミスマッチな光景が広がっている。
「あ、グランパ・ジョージ! 出てきたよ !! 」
「ぶはぁー、苦しかったー !! 」
やっと掘り出したグランパの頭に、孫たちは嬉々として歓声をあげた。 それがいけなかった。 桜さんに気付かれてしまったのだ。
「き、君たちー、逃げろー !! 」
「……え?」
振り返ると、怒りモード全開の桜さんが物凄いスピードで帰ってくるところだった。
「う、うわ、うわ、うわ、うわ〜ぁ !! 」
「ジャック、グランパの頭よこせ!」
ピーターは頭を受け取ると、そのまま全速力で走り出した。
「っえ !? ずるいよ、ピーター! 置いてかないでよ !! 」
ギャウワーンッ!
「ぎゃー、食べられるー !! 」
ジャックが両手で顔を覆った時、桜さんは華麗に飛び上がり、宙を飛んだ。
グランパ・バックボーン・ミサイル !!
グランパの気合で背骨が一斉に桜さん目掛けて襲い掛かった。 痛かったのと驚いたのとで、桜さんが怯んだ隙に、アバレ太郎が暴走する桜さんを何とか取り押さえた。
ジャックが恐る恐る目を開けると、あたり一面にグランパの背骨が散らばっているではないか。 ぎょっとして周囲を見回すと、桜さんはアバレ太郎に捕まって散々宥めすかされていた。
「な、何が起こったんだろう……?」
もっともな疑問だ。
とりあえず、状況を考えてアバレ太郎は桜さんに勝ったんだ! と納得したジャックだが、なにゆえグランパが下半身だけで走くり回っているのかが分からない。 本当はグランパの背骨で命拾いしたジャックだが、ここは状況の流れから、桜さんを取り押さえているアバレ太郎にお礼を言う。
「ありがとうございました、グランパの頭も無事に取り戻せました」
深々と頭を下げるジャックの後ろの方で、グランパが庭の柿の木に下半身で八つ当たりしている姿が目に入り、アバレ太郎は可笑しいやら、不気味やら、爽やかな中に含みのある笑顔を残して、颯爽とその場を去っていった。
本当は、こんな連中とはこれ以上関わりたくなかったから……かもしれないが。
それから数週間、グランパは手柄を正義のヒーローに横取りされた! と不満ぶうぶう拗ねきっていたと……いう話だったとか、なかったとか。