ほのぼのファンタジー小説

茶色のこびんLOVE〜びん奥さんの初恋物語〜

茶色のこびんLOVE〜びん奥さんの初恋物語〜

01.おばあちゃんの話

「何をさぼってるんだい、まったくあの子と来たら……!」

朝からハッスルする声が、今日は一段と大きかった。

 

「今日も元気だね、びん奥さん」

視線を降ろすと、丁度廊下の端にその声の主はいた。 ぷんすかしながら、背丈に見合う小さな洗濯籠を下げた、びん奥さんの姿がそこにあった。

「あ、これは坊ちゃん、おはようございます。 うちの怠け娘を見かけませんでしたかい?」

「さあ、いないの?」

「まったく、どこをほっつき歩いてるんだか!」

手の平サイズで、びん奥さんはキーキーと怒りを発している。

 

いつぞやの『茶色のこびん割っちゃった事件』で正体がばれて以来、この『びんに住む小人族』の母子は堂々と朝から鼠さながらの鬼ごっこを繰り広げ、活気に満ちた日常生活を送っているのである。

と言っても、このビックリは坊ちゃんとおばあちゃんしか知らないわけで、他の家族には依然秘密のままであった。 坊ちゃんの部屋に置かれた小びんの前で、びん奥さんは毎度の事ながら出し抜かれて頭に来ている光景が、すでに当たり前になってしまっている。

 

びん奥さんがプンプカしながら洗濯物を干しに行ったのを見送って、坊ちゃんは窓辺に立った。 本当に、このびんの中で生活しているのである。 真上から覗くと、ちゃんと中には生活の場が設けられて、普通の家と同じなのだ。

 

「ふー、毎日毎日うるさいんだから、やつ当たられるこっちは迷惑だよ、まったく!」

 

坊ちゃんのポケットからひょっこり顔を出したのは、びん奥さんが探し回っていた、びん娘本人だった。

「うわ、びっくりした! いつの間に隠れていたの?」

 

「あ、おはよう坊ちゃん。 坊ちゃんが着替える前には隠れてたよ。 これでも『かくれんぼの鬼』と呼ばれているのさ!」

 

「鬼は隠れちゃダメだと思うよ」

「細かい事は気にしない、気にしない。 こんないいお天気の日にお母さんの説教聞くなんて、頭がおかしくなっちゃうね」

 

ポケットから這い出して、坊ちゃんの肩までよじ登ると更に頭の天辺にまで這い上がる。 何せ小人、普段見られない高い所からの眺めは人一倍大好きだった。 正体がばれてからと言うもの、坊ちゃんの頭の上は、びん娘のお気に入りの場所だった。

 

「さあ、おばあちゃんの所に行こう!」

 

坊ちゃんの頭の上でピョコピョコ跳ねながら、びん娘はご機嫌だった。 これはびん奥さんに発見された時が恐ろしい。 知らない間に坊ちゃんも共犯にされていた。

「後で怒られても知らないよ?」

「平気だって。 やつ当たられるよりマシ!」

「何で八つ当たりだって分かるのさ?」

視線だけを頭の上に向けるようにして、坊ちゃんはそっと訪ねる。 ヘタに動くと、びん娘を振り落としてしまいそうで、頭を振らないように気をつけた。 すると、びん娘は小さく溜息を漏らして、少しだけトーンダウンするではないか。

 

「だってさ、今日で調度一年になるんだよね、お父さんが旅に出てさ。 時たま思い出したように旅先から絵葉書が届くんだけど、最近ないからね、お母さん機嫌悪いんだぁ」

 

坊ちゃんにとって初耳である。

一年前には『びんに住む小人族』なる存在は知らなかったし、まさか我家で祖母が飼っていた (?) とは思いもしなかったのだから。

 

♪♪♪

 

「おばあちゃん、お元気〜?」

おばあちゃんの部屋に入るなり、びん娘は、坊ちゃんの頭の上から話しかける。 窓辺の揺り椅子に腰掛けていたおばあちゃんの肘掛に飛び降りると、改めてびん娘は挨拶をした。 それをメガネの奥から眺めて、おばあちゃんは目を細めた。

 

「あれ、針仕事してたの?」

「元気だねぇ、びん娘は。 危ないから針に近づいちゃいけないよ」

すでに、びん娘は針仕事中のおばあちゃんの腕の上にいた。 おばあちゃんの仕事振りを眺めて布の端をつまんでいる。

「針に糸通しにくかったら、いつでも言ってよ?」

確かに、びん娘のサイズなら、糸通しくらい何でもない事だろう。 おばあちゃんは「はいはい」と頷いてとりあえず、びん娘を坊ちゃんの手の平に置いた。

「私の手伝いよりも、びん奥さんの手伝いはどうしたんだね? 朝から忙しいだろう、こんな天気の日は」

 

「おばあちゃんも同じ事言う! 今日は一段と機嫌悪いんだから、お母さんは! おばあちゃんから何とか言ってよ!」

ぶーたれるびん娘を見て、あばあちゃんは「あらあら」と呟いた。

「しょうがないねぇ。 びん奥さんも……」

窓の外を眺めると、びん奥さんがおばあちゃんの菜園の片隅に、洗濯物をせっせと干しているところだった。

 

「説教以外に繰り返し言う事って、お母さんの初恋話くらいなんだもん、いーかげん飽きちゃうよ!」

 

「え、何それ、僕聞いてないよ?」

「おや、びん娘、話してないのかね?」

坊ちゃんが首を傾げておばあちゃんを見るので、びん娘はその時ようやく、坊ちゃんには話していなかった事を思い出した。

「ごめん、もう知ってると思ってた」

「知らないよ! おばあちゃんも知ってたの?」

 

「ああ、知ってるよ。 当時のびん奥さんの事も、よぉーくね」

 

にこりと目元に皺を溜めて笑うおばあちゃんの姿に、今度はびん娘が驚いたように顔を上げる。

「それ、あたし知らない! 当時のお母さんの事教えて、教えて!」

坊ちゃんだけでなく、びん娘まで身を乗り出すので、おばあちゃんは針仕事を一時中断して、メガネを外した。 遠くで一人、せっせと洗濯物を干している、びん奥さんを眺めながら、どこか遠くを見ているような横顔だった。

坊ちゃんは、すぐ傍の床に腰を下ろして聞く気満々だし、びん娘は、その坊ちゃんの頭の上にチョコンと座り込んで、おばあちゃんを見上げていた。 催促する二人に、苦笑とも微笑とも取れない表情で、おばあちゃんはポツリポツリと話し始めた。

 

「びん娘が生まれる前だったねぇ」

大学時代、文芸部の部誌に投稿した作品です。この時もお題がありました。「は・つ・こ・い(はぁと)」でした。 当時の部長(通称、女帝)の突然の乱心かと、一同騒然としたのを覚えています(笑) そんなこんなで皆して苦しんだお題でしたが、ふっと茶色のこびんの続編を思い当たったのでした。

2002.11 掲載(2010.09 一部加筆修正)

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