ほのぼのファンタジー小説

茶色のこびんLOVE〜びん奥さんの初恋物語〜

茶色のこびんLOVE〜びん奥さんの初恋物語〜

02.びん奥さんの若い頃

その日、若かりし頃のびん奥さんは、いつもの通り働いていた。 朝から炊事洗濯、その後は片付けに掃除と鼠も驚くくらいの素早さは、他の『びんに住む小人族』の間でも有名だったそうだ。

 

「何だ、今と全然変わらないじゃない」

「いいから、お聞き」

 

そのマメな働き振りと、気の利いた性格から、いい奥さんになると良く言われていたという。 しかも、びん娘も驚きな事に、若かりし頃のびん奥さんは、なかなかにモテモテだったのだ。 よく他の『びんに住む小人族』の若い衆が、花束などを持って来たと言う。

ところが、びん奥さんは結構ハッキリした性格だから、断るところは心置きなく断った。

例えば、ある日ピクニックに誘われた時などは、空を見上げてこう言った。

『雨が降るよ、また今度にして』

『そんな断り方ってないじゃないか』

相手がそう抗議めいた事を言うと、正面からきっぱりと言い放った。

『嘘を付いていると言うのかい? 同じ嘘を付くならもっとマシな嘘を付くよ、あたしは!』

案の定、その日は午後から豪雨となったそうだ。

 

またある時は、コンサートに誘われて、水汲みがてら、こう言った。

『それ夜の部なんでしょ? ダメだね、夕飯こしらえなきゃ』

『君以外に作る人、いるだろう?』

相手が眉をしかめて怪しんでも、びん奥さんは平然と言い返した。

『我家じゃ、みんなグルメなんだよ、味が変わっちゃ食べないね』

本当に、びん奥さんの両親や兄弟姉妹はグルメで有名だったそうだ。

 

「確かに、お母さんの料理は美味しい」

坊ちゃんの頭の上で、びん娘はぽつりと認めた。

 

またまたある時は、一人の若者が家の前で座り込みを始めたことがあったらしい。 その時、びん奥さんは事も無げに箒で玄関を掃除するついでに、若者を掃き出すと、箒の柄をバンっと玄関石に突いて、女々しい若者を一喝した。

 

『あたしは、そう言ううっとうしいのは大嫌いなんだ! 掃除の邪魔だから立ち退いて!』

箒使いの達人技で追い立てられて、若者はほうほうの体で逃げて行ったと言う。

 

「わー、乱暴だなぁ、お母さん」

「君だってこの前、自分の家、箒で割っちゃったじゃないか」

「あ、あれは、事故だもん」

びん娘はばつが悪そうに言葉を淀ませて、坊ちゃんの髪の毛を引っ張りながら、まだ何かぶつぶつと小さな声で呟いていた。

「母子だねぇ、やっぱり。 続けるよ?」

おばあちゃんは目を細めて、坊ちゃんとその頭の上のびん娘を眺めた。 二人が頷くと、再び静かに話し出す。 窓の向こうには、びん奥さんの姿はもうなかった。

「でもね、頑なに若い衆を退けていた若いびん奥さんには、理由があったんだよ」

「理由?」

「そう、びん奥さんには気にかけている人がいたんだね」

子供達がポカンと口を開けて、おばあちゃんを見上げた。 素直に驚いているその様子に、おばあちゃんは一層の笑顔を見せた。 その目の奥には、懐かしい小さな人影が浮かんでいた。

 

「その人は、いつもフラフラと散歩をしていたんだよ」

 

♪♪♪

 

びん奥さんが買い物からの帰り道を急いでいた時だった。

その人は口笛を吹きながら空を見上げて、テレテレと道を歩いていた。 びん奥さんはその日の夕飯を何するか、あれこれと考えを巡らして歩いていた。 行き違った時、びん奥さんはふと、その人の独り言を耳にした。 その人は、こう言っていた。

 

『小さいからこそ 憧れる

小さい者は 小さい世界に

誰がそんな事決めただろうか?

小さくあっても 大きな世界へ

行こうと思って 何が悪い?

小さくあっても 大きな世界へ

行きたい者を 誰が止めても良いものか?』

 

誰だ、そんな暢気でわけが分からない事を言っているのは。 そう思って振り返ったびん奥さんは、足元の小石につまずいてヨロヨロとする若者の後姿を見た。 てっきり造作もなく蹴飛ばすものだと思って見ていたが、その人は、つまずいた小石をしゃがみ込んで拾い上げ、こう言った。

 

『やあ、これは失礼。 次からはつまずかれないように、道の端にいる事をお勧めしよう。 その前に、僕が移動させてあげればいいのか、そうか。 これはまた失礼』

 

小石を道の端に、丁寧に置くと、その人はまた口笛を吹きながらテレテレ歩いていった。 びん奥さんは小首を傾げながら、「変な人」と呟いて、そのまま家路を急いだのだ。

 

「それが、言えば最初の出会いだったんだねぇ」

「出会いって言うの? すれ違っただけじゃないか」

「まあ、いいからお聞き、それだけじゃないんだから」

大学時代、文芸部の部誌に投稿した作品です。この時もお題がありました。「は・つ・こ・い(はぁと)」でした。 当時の部長(通称、女帝)の突然の乱心かと、一同騒然としたのを覚えています(笑) そんなこんなで皆して苦しんだお題でしたが、ふっと茶色のこびんの続編を思い当たったのでした。

2002.11 掲載(2010.09 一部加筆修正)

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