ほのぼのファンタジー小説

茶色のこびんLOVE〜びん奥さんの初恋物語〜

茶色のこびんLOVE〜びん奥さんの初恋物語〜

05.それから後は

大きな奥さんは、優しそうな目元を細めて、ひぐらし旦那を見おろすと、自分の掌に乗せた。

『今日はお連れさんがいるのだね、ひぐらし旦那? このお嬢さんは、どちらさん?』

『ちょっとご縁がありまして。 それよりも、お約束の植木を持ってきましたよ』

ちゃんと紹介もせず、それよりも、と置いておかれたことに、びん奥さんは少しムッとした。

ひぐらし旦那が差し出した植木鉢は、大きな奥さんには小さすぎた。 手の平に載せてもまだ小さい。 まるでオモチャのようなサイズの植木鉢を、大きな奥さんは素直に喜んだ。

『おや、まあ、良くここまで育てたね』

『育つものなんです。 僕は手入れをしていただけです』

『そうかい、そうかい。 大切に手入れを続けるよ、ありがとう』

 

大きな奥さんの満面の笑みを見て、ひぐらし旦那の横顔は、とても満足そうに見えた。 まるで何でもない事のように窓辺で会話を楽しむ二人を見ていると、何だかちょっとムカムカもするし、けれど尊敬もする。 そんな自分に、びん奥さんは益々落ち着かない。 そもそも、ただ興味本位で付いてきただけなのに。

 

『いつから、大きい人と関わっていたの、ひぐらし旦那?』

『いつからでしたかなぁ……なかなか長いお付き合いでしてね』

 

その帰り道、びん奥さんは初めてひぐらし旦那の隣に並んで歩き、そう尋ねた。 ひぐらし旦那は相変わらず、鼻歌混じりに空を見上げている。

『小人族っていうのは、とかく大きな人との関わりを避けるものだけどね、変わった人だね、ひぐらし旦那は』

『ははは、よく言われます』

ひぐらし旦那は、小さく苦笑したように見えた。 しかし、その横顔を眺めてから前方を向いて、小さく呟いた。

 

『変わっているとは思うけど、おかしいとは思わないよ。 凄い事だと思った、正直に』

 

『それは良かった。 小さいと、とかく小さく収まってしまいがちだが、それではいけない。 小さくても大きな世界を見るべきなんだ』

『……ちょっとだけ、分かる気がするよ』

その呟きを聞いて、ひぐらし旦那は満面に笑顔を見せた。 まるで子供のような顔だと、びん奥さんは思ったが、口には出さずに小さく笑顔を返しただけだった。

 

『ありがとうございます、お嬢さん』

 

そうして、村の入り口が見えてきた。 びん奥さんが村に入ると、ひぐらし旦那はまた、小川の土手道をホテホテと歩き出した。 びん奥さんの耳には、いつものように暢気な鼻歌が聞こえた。 遠ざかっていく鼻歌を聞きながら、少し寂しいと思っている自分に、正直少しだけ、驚いた。

 

♪♪♪

 

「それから、しばらく後の事だったけど、びん奥さんは結婚を決めたんだよ。 おばあちゃんにも、それをワザワザ知らせてくれてね」

 

「へえ、そうなんだ。 ひぐらし旦那と?」

「その時は、まだ内緒にしていたんだけどね、今から思えば、他に考えられないじゃないか。 びん奥さんは、小さな植木鉢をプレゼントしてもらったって言っていたからね」

 

「じゃ、やっぱり! びん娘のお父さんが、ひぐらし旦那なんでしょ? それにしても凄いな、おばあちゃん、そんな前から『びんに住む小人族』の事を知っていたなんて」

 

坊ちゃんの素直な羨望の眼差しに、おばあちゃんは静かに笑った。 少しだけ照れているようなその笑顔は、坊ちゃんは知らないけれど、ひぐらし旦那も、びん奥さんもずっと見て来た笑顔なのだ。

 

「ねえ、びん娘は本当に知らないのかな?」

「さあ、どうだろうねぇ。 もしかしたら、気付いているかもしれないね。 でも、本人が知らないと言っているんだ、当分は知らないフリをしておこうじゃないか」

「そうだね、僕も、びん娘が知ってるかもしれないって事、知らなかった事にするよ」

坊ちゃんとおばあちゃんは、お互いを眺めて小さく肩をすくめた。

 

それから数日後、坊ちゃんは、両手に小さな植木鉢を抱えて庭を横切る、びん奥さんを目撃した。

「あれ、その植木……?」

「あ、これは坊ちゃん。 いえね、少し育ちすぎたものだから、これからちょっと株分けしようと思ってね」

「へえ、大変だね」

「いいえ、手入れをしているだけですよ、勝手に育つんですから」

そう言って、びん奥さんは植木鉢を持って行ってしまった。 いつでも動き回っている姿を目撃するが、きっと若い頃から少しも変わっていないのだろう。 しかも、どこかで聞いたような事を言う。

 

「ずっと、あーやって大事にしてるんだよ、あの植木」

ふと、頭の辺りで声がしたと思ったら、びん娘が窓辺に腰掛けて、足をブラブラしていた。

「ずっとそこにいたの?」

「まさか、こんな所にいつまでもいたら、お母さんに見つかるに決まってるよ。 ついさっきからだよー」

 

びん娘の性格は、絶対お父さん譲りだろうと思われた。 しかも、厄介な事には、妙に憎めないのである。 びん奥さんも、おそらくそう思ってるのだろう。 だから説教をしてやろう、してやろうと構えているのだ、きっと。

「じゃ、早く逃げた方がいいね」

「何で?」

 

「僕が、びん奥さんに告げ口するからさ」

冗談めいた坊ちゃんの口調だったが、それでもびん娘は驚いて、素早く立ち上がると、そのままピョインとおばあちゃんの部屋の中を走り、どこかに隠れてしまった。

ふと窓の外に目をやれば、空はどこまでも高く、青い。 思わず何かを口ずさみたくなるような、そんな気分へといざなわれるようだ。

 

まだ暢気な鼻歌は、聞こえてきそうにないけれど……。

どこからともなく、聞こえてきそうな予感はする。

おしまい

大学時代、文芸部の部誌に投稿した作品です。この時もお題がありました。「は・つ・こ・い(はぁと)」でした。 当時の部長(通称、女帝)の突然の乱心かと、一同騒然としたのを覚えています(笑) そんなこんなで皆して苦しんだお題でしたが、ふっと茶色のこびんの続編を思い当たったのでした。

2002.11 掲載(2010.09 一部加筆修正)

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