ファンタジー小説

魔法通り5:31〜騒々しい我家〜

魔法通り5:31〜騒々しい我家〜

01.チャムちゃんのマイホーム

佐藤弥々子さとう ややこ、十四歳。 普通に学校から帰る途中、何気なーく近所の角を曲がって家に帰り着くと、何となーく家の雰囲気が違っていた――否、何となーくじゃなく、めちゃめちゃ変わっていた。

どうなっているのかと思いつつ、本来なら靴箱である筈の棚上に置かれた小さなヌイグルミに目がいって、つい手にとってみた。 可愛いうえに、細かく手のこんだ出来だった。

「ただいまー、お母さんー? 何この占いの館チックな内装。 いつの間にリフォームしたのー?」

 

「あ、いらっしゃいだにぃー。 お客さんだにぃー?」

 

そのままリビングに入っていくと、そこにいたのは母親ではなく、ちびちゃんが一人。

「は? 誰?」

黒をベースにしたワンピース、とんがり帽子。 やたらと大きなペンダントをぶらさげて、占い師を髣髴とさせるような服装のちびちゃんが、ソファーの背もたれから、ひょっこりと顔を出す。 当然ながら、姉妹でもなければ従姉妹にも見た事のない顔だ。

「チャムちゃんだに、何占ってほしいんかに?」

まるで心の中でも透かし見たのか、ちびちゃんは会話が繋がっていたかの如く答えるではないか。 佐藤弥々子は、何故だかむっとなって言い返す。

「ヒトん家で何言ってんの?」

 

「ヒトん家じゃないだに、チャムちゃんのマイホームだに」

 

力いっぱい断言された。 佐藤弥々子は無言で家の外に出て、表札を確かめた。 表札には確かに書いてあった。 『チャムちゃんのマイホーム』と。

「んね? 間違ってないでしょ?」

振り返ると、先ほどのちびちゃんと同じ格好をした、佐藤弥々子と同じ年頃の女の子が立っている。 一瞬の間の後、佐藤弥々子は自分でも驚くほどに、すんなりと現実を受け入れた。

「何大きくなってんの」

「元のサイズになっただけ」

非常識だ。

しかも、大きくなっただけだというのに、態度は一変し、偉そうにすましている。 一体何がどうなったのか、佐藤弥々子なりに冷静に考えようとした矢先、パッと街灯がともった。 その灯かりで浮かび上がった標識を見て、佐藤弥々子は再び無言になった。

 

『魔法通り5:31』――そう書いてあったのだ。

この家といい、この不審人物といい、この町名といい……どこ、ここ!

 

次々に灯る街灯に照らされた周囲を見回すと、浮かび上がるのは全く見知らない風景だった。 重厚な煉瓦作りの家々には、どこから電力を引いているのか不思議な明かりを玄関先に灯している。 出窓を時々横切る人影は、現代日本からは程遠い衣装を纏っているのは確かだ。 見上げれば、夕空を横切る羽の生えたボトルの群れが遠く彼方へ飛んでいく。

外観の物静かさとは打って変わり、佐藤弥々子の脳内が恐るべきスピードで流通パニックを引き起こしていると、自称チャムちゃんという伸び縮みする不審人物が改めて口を開いた。

 

「ようこそ、魔法通り5:31へ」

 

「はい……?」

5時31分?

佐藤弥々子はとっさに腕時計を見た。 すると自称チャムちゃんは半ば呆れたように笑った。 ちょっとばかし小意地の悪そうな、高飛車な笑みだった。

 

「時間じゃなくて、そのまま番地になってるの。 ま、とにかく上がれば?」

 

偉そうにチャムちゃんが片手を、開きっぱなしの玄関にさし向ける。 実に尊大なその態度がかなり気に食わないが、「とりあえず、この状況を説明する事できるけど?」と言われて、しぶしぶもう一度家の中に入った。

ドアを閉めると、チャムちゃんは見る見るうちに小さくなった。

「やっぱり小さな方が楽だに」

ペタペタ歩いてリビングに戻ると、とりあえずお茶を入れようしているらしいが、小さいがゆえにポットを傾けるのも一苦労のようだ。 カップに無事注ぎ終わるとチャムちゃんはフーッと額の汗をぬぐった。 椅子に座っても足がつかないので、ブラブラと宙を泳がせている姿を見ると、なにゆえ小さくなるのかが分からない。

「省エネだに」

「なってない」

佐藤弥々子は、ここぞとばかりに言い切ってやった。 チャムちゃんはムッとしたが、小さい子が拗ねているだけだ、怖い事なんて何も無い。 だが、待てど暮らせど小さい子は一向に口を開こうとしない。 時折あちちと溢しながら、カップのお茶をまったりと飲んでいるのだ。

 

「で、さっさと説明してよ」

「何をだに?」

「あんたが言ったんでしょ、さっさとこの状況を説明してよ!」

痺れを切らした佐藤弥々子が、バンと机を叩くと食器が騒々しい壊れ物音を立てる。 小さいチャムちゃんは、一瞬固唾を飲んで食器を見つめている。

その次の瞬間には食器が飛び上がり、「割れたらどうすんだ!」と抗議された。 さっきまで余裕をこいていた佐藤弥々子が、訳も分からずに驚いて後ずさる。 食器が喋った……。

 

「機嫌損ねると厄介だに、早いうちに謝ったほうがいいだに」

マグカップを両手にチャムちゃんが至極冷静に言う。

 

「食器に謝る? バッカじゃないの」

鼻先で笑い飛ばした直後、チャムちゃんの言う『厄介』な事が起こった。 食器は真っ赤に膨れてガタガタと震えだし、しまいに飛び跳ねてそこら中にぶち当たる。

「われ、今、何ぬかしよったんじゃ! 悪い事をしたら謝る、これ常識じゃろか、おお?」

すっかり皿模様まで変わってしまい――しかも柄が悪い。 佐藤弥々子は硬直しつつ更に後ずさった。 このまま癇癪を起こして破片が飛び散ったりでもしたら、大怪我じゃすまなそうだ。

「ご、ごめんなさい……」

 

何処に耳が付いているのか皆目分からないが、その小さな一言が発せられるとすぐさま食器は一回カチリと音を立て、また静かに卓上に乗っかった。 こうなるともはや非常識というより、非現実的だ、有り得ない。 大体、食器に起こられて謝る馬鹿が、この世の中、他にどこにいる?

 

「別に驚く事ないだに。 ここではこれが日常だに」

 

コクコクコク……。 小さなチャムちゃんは余裕でカップを傾けている。

「どういう事?」

「そう言う事だに。 時々いるんだに、普通に魔法通りに入ってきちゃうヒト。 理由も時期もバラバラだけど、たいてい来るのは不幸なヒトが多いだに」

つまり、佐藤弥々子は不幸だと、ミもフタも遠慮のカケラもない最後の一言が、やけに重く響くのはなぜだろう。 意味もなく落ち込んでいると、チャムちゃんにポンっと肩を叩かれた。

「気楽にいこうや」

「いけるか!」

「いけないかに?」

「あんたは『不幸』だって言われて気楽にいける?」

「……うーん、うーん」

そらみろ。

眉毛を面白くぐにゃぐにゃ曲げて唸るチャムちゃんを見て、佐藤弥々子は内心で些細な勝利を実感していた。 どの辺が勝利と結びついているのかは若干の謎だが、ともかく右手が地味にそれを表現している。 直後、バインと何かが頭部を直撃し、反動で、したたかデコを机にぶつけた。

 

「何、今の重量感あふれた物体は……」

俄かにデコが微弱な電流を放つ。 受けた衝撃は小さくなかったようだ。

「マクラだに」

「は? マクラ?」

冗談にしては面白みが無い上、からかうにしてはタチが悪い。 笑う気も起こらなかった。 ムッときた佐藤弥々子がちびっこいチャムちゃんを摘み上げた時、正面からマクラが飛んできた。 もろ顔面に食らいチャムちゃんを手放すと、自由の身のチャムちゃんは、そのままマクラに飛びついて床に押さえつけた。

佐藤弥々子の目の前で、取り押さえられたマクラは尚もジタジタと暴れていたが、すぐに観念したように大人しくなった。

「ふー。 ヤッコちゃん大丈夫だに? マクラは空を飛ぶんだに。 だから夜、時々逃げられると大変なんだに」

いつの間にか愛称がついていた。 が、佐藤弥々子の思考回路では、そんな事は二の次だった。

「頭きた! そのマクラ貸して、ボコッてやる!」

「え……」

チャムちゃんの気が抜けた一瞬の隙にマクラは再び飛び上がり、危険なスピードで逃げ回った。 ころころ転がったチャムちゃんは、上手にソファーの陰に隠れてしまい、そのまま小さく収まっていた。

「ヤッコちゃんが野性に目覚めちゃったみたいだにぃー……」

マクラを追いまわすその姿は、まさにエモノを狙うハンターさながら、かなり危険なムードをかもし出している。 このままでは他の家具類に被害が及びかねない雰囲気だ。

今、佐藤弥々子は完全に人間である事を放棄している。 怒り、そして猛り狂った野生が丸ごとブレンドされて、そこに居た。

2002年、当時所属していた文芸部の部誌に投稿した作品です。 お題は「そう」という事で、好きな字を当てはめて話を書くという決まり事がありました。 どうしようかな〜と考えながら、いざ蓋が開いたら、はっちゃけたキャラクターが好き勝手に動き回るお話となりました。

2002.05 掲載(2010.10 一部加筆修正)

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