ファンタジー小説

魔法通り5:31〜騒々しい我家〜

魔法通り5:31〜騒々しい我家〜

02.迷い人の進む道

ある種のヤバさを感知してか、マクラは窓からぴょいーんと飛び出し魔法通りの空を飛び去っていった。 佐藤弥々子はその瞬間、頭のスイッチが切替わったらしく全くケロリと生気に戻った。

「久しぶりに、何か、すっとした……」

のんびりと背を伸ばして晴れやかな顔を見せる佐藤弥々子とは対照的に、チャムちゃんは呆然と明後日を見る目でソファーの陰から出てきた。 しばらく窓の外を眺めていたが、次第にゾッとしたように後ずさる。 気が付くと逆噴射したロケットみたいな瞬発力で、後ろの壁にぶち当たっていた。

「何してんの?」

「マ、マ、マ、マクラの逆襲だにぃ――!」

「……え?」

 

お空の向こうから白いマクラが怒涛を組んで飛んでくる様子が見えた――マクラがぶんぶん唸っている。 呆気にとられている佐藤弥々子をよそに、チャムちゃんは再びロケットのような瞬発力で窓に飛びつくと、急いで閉めて鍵をかけた。

 

「マクラが仲間を呼んでるにぃ――……!」

 

チャムちゃんの背後でマクラがボンボン窓にぶち当たった。 さすがに元が柔らかいだけに二重窓をぶち破る事は出来なかったが、なかなか結構な度胸を見せ付ける。 予想汰にしなかった反撃に萎縮していた佐藤弥々子だったが、マクラの体当たりを目の当たりにしているうちに、その心の内で小さな変化が生じ始めた。

身体が熱くなって今にも火を吹きそうだ。 目からビームなり、両手から波動拳なりを繰り出しそうな高揚感が全身にみなぎる。 その頃になると、マクラの大群は窓から姿を消していたが、それで難が去ったわけではなかった。

 

エントツからマクラが突入してきたのである。

チャムちゃんは既に物陰に隠れていたが、土壇場で急にパワーアップした佐藤弥々子は動じなかった。 細いエントツを通って一つずつ出てくるマクラを、まるでバッティングマシーンから飛び出してくるボールくらいにしか思っていない鮮やかさで片っ端から叩き落とし、蹴り飛ばす。

「勉強しろしろって、うるさーい!」

「担任ムカツク――!」

「ヒトの陰口叩いてんじゃねー、バーカァー!」

マクラ一つに対して不平不満が一つ、パンチやキックと共にぶつけられる。 言っても言っても不満は次々と出てくるし、またマクラの逆襲も止まらなかった。

「ちょっとチヤホヤされてるからってチョーシこいてんじゃねー!」

「メンドい事全部押し付けて逃げんな!」

「少しは姉を敬え!」

「酒飲んでやつ当たるな!」

「ある事ない事ホラ吹いてんじゃねー!」

 

どこかで見た事のある技を繰り出したり、完全オリジナルの技を見せたり、とにかく色々思いつく限りの攻撃法で次々とマクラを撃退していく。 一体いくつマクラを叩き潰したか、既に分からない。 家の中には羽毛やら綿やらが散乱し宙を舞っていたが、マクラはまだまだ飛び出してくる。 佐藤弥々子の勢いに衰えもなく、相変わらずマクラはボンボン向かってくる。

その間、チャムちゃんは只々物陰からじっと見守っているだけだった。 自ら難に飛び込んでいくつもりはサラサラないらしい。

 

「上っ面だけで親しげにしてくんな!」

「テスト前だけ友達ヅラすんな!」

「早く貸した物返せ!」

「ヒトを見た目で判断してんじゃねー!」

 

とにかく恐ろしいまでの迫力だった。 ようやくマクラも残り玉が無くなったようで、最後の一つを叩き落した時、さながら戦場のようだった家は、ようやく静寂を取り戻した。 そこら中にマクラの痛々しい姿が転がっていて、時にヒキツケを起こしていたが、佐藤弥々子は全く見向きもしないで両肩を激しく上下させた後、実にスッキリとした姿勢で足元に積もった羽毛やら綿やらを掻き分けて、自分の椅子に置いてあった鞄と上着を手にとった。

「あー、爽快!」

「そりゃ良かったね。 で、どうすんのコレ」

チャムちゃんが再び大きくなった姿で立っている。 しかし、今度は両手を組んで眉を思い切りしかめた仏頂ヅラだ。

 

「あたしも手伝うから、片付けてから帰りなさいよ、ヤッコちゃん?」

 

「えー、マジで?」

「当然でしょ。 キリキリ片付けるよ」

いつの間にか、チャムちゃんの手には掃除機が握られている。 佐藤弥々子にも掃除道具が飛んでくる。 反射的にキャッチしたものの、手の中のそれを見たとたん、出てくるのはまたまた不平だ。

「何であんたが掃除機で、あたしが雑巾にバケツ?」

しかしチャムちゃんは完全無視を決めている。 よく見ると、なにやら耳栓らしき物を詰めているではないか。 『聞く耳を持たない』を態度で丸ごと表したその姿に更にムッときたが、耳栓チャムちゃんは一向に取り合わないので、仕方なくザカザカ片付ける始める。

「あーあ、何であたしがこんな事……勉強にかこつけて掃除なんか親にやらせてたのに、マジウザイ」

……五分も経てば愚痴がポロポロ飛び出してくる。 チャムちゃんは相変わらず掃除機をかけているし、羽毛も綿もまだまだそこら中に散らばっている。 片付け終わるのは、まだまだ先のようだ。 頭の中で大まかな時間配分が弾き出されると、佐藤弥々子の掃除スイッチがぷっつりと切れた。

 

「やーめた。 超しんどい」

 

バイン。

何かが佐藤弥々子の後頭部を直撃した。 振り返るとマクラである。 まだ残っていたのかと思って見回すと、出所は何とチャムちゃんの掃除機だった。 チャムちゃんが掃除機でマクラと羽毛やらを吸い込むたびに、後ろから新たにマクラがピョイン、ピョインと再生して飛びまくっている。

「何してんの?」

「お掃除」

チャムちゃんは片方だけ耳栓をはずした。

「何、ひょっとして掃除もロクに出来ないの? ヤッコちゃん」

小馬鹿にした含み笑いには、少しばかり毒が含まれていた。

 

「こんなメンドーな事やってらんない。 あたし勉強忙しいし」

「じゃ、黙って勉強とやらをやってりゃいーでしょ。 塾サボる必要もないでしょうに」

「何で、知ってんの……」

「ダテに占い師やってるワケじゃないの。 無駄口叩いてる元気があるなら、とっとと片付け済ませてよ」

「超偉そう! 命令しないでくれる、マジムカツクんだけど!」

「逆ギレ?」

チャムちゃんは小さな嘲笑一つで逆ギレを跳ね返した。 佐藤弥々子は雑巾を投げつけたが、雑巾は宙返りをしてピッチャーに炸裂した。

仕方なく作業を続けたが、体の中ではマグマが煮えたぎっている。 チャムちゃんが掃除機をかけた後のフローリングを拭いて回っている間、それはいつ噴火してもおかしくない状態だった。

 

始めの方こそ、「よくもそれだけ出てくるなあ」という程言いたい放題だった佐藤弥々子が、そのうちに文句もピタリとやんだ。 只ひたすら黙々と作業に没頭していた。 いつの間にか小一時間が経過していた。

「はい、終了。 お疲れ様でした」

チャムちゃんが掃除機のスイッチを切って片付ける。 佐藤弥々子の手から、用なしの雑巾が飛び出して、いずこかへ消えていった。

「見てよ、キレイに片付いた」

ふん、と佐藤弥々子はソッポを向いたが、確かにどちらを向いても部屋中ピカピカでキレイに片付いていた。 とにかく早く終わらせたいと思っているうちに無心になっていたが、こうやって改めて見てみると自分で驚く。

 

「あんたがやったんだよ。 どう? やるだけの価値があるでしょ?」

 

佐藤弥々子は答えなかったが、それでもチャムちゃんはニヤリと勝者の笑みを見せていた。 そこには先ほどまでの小意地の悪さはもうなかった。

「ホイ、上着と鞄。 お帰りは玄関を出て、門の前で時計方向にその場でジャンプして、一回まわる。 あ、戸はちゃんと閉める事、分かった?」

黙って受け取って出て行こうとした時、もう一度、佐藤弥々子は呼び止められて振り返った。

「ヤッコちゃん、いいんじゃない? 『目指せ、人形作家』。 結構な根気あるみたいだし、細かい所にこだわるし」

明らかに佐藤弥々子は動揺していた。 その様子をニヤニヤ眺めてチャムちゃんはヒラヒラと手を振った。

 

「じゃ、バイバーイ!」

 

「……あんた、えーとチャムとか言ったよね。 覚えてろよ!」

「ヤッコちゃんの夢が人形作家になるって事を?」

非難めいた人差し指をチャムちゃんに向けたはいいが、あっけなくかわされてしまった。

「……もう、いい! あんたムカツク!」

佐藤弥々子はカッカと沸騰しながら出て行った。 荒々しく音を立てたドアが痛そうにうねるのを見ながら、チャムちゃんは溜息と共に呟いた。

「ふ……ヤッコちゃんはコドモだねぇ」

チャムちゃんは、最後にマクラを放り出した窓を閉めた。 自分のマクラ以外は全て、魔法通り5:31の空を飛んで、それぞれの家に帰っていった。 それが済むと、チャムちゃんは三度小さくなって、ペタペタと片付いたフローリングの上を歩いた。

「やっぱ、この方が楽だに。 今日は疲れたから、もう寝るに」

自分のマクラを抱えて、チャムちゃんは二階へ上がっていった。

 

調度その頃、深呼吸をして「せーの」で時計回りにジャンプした佐藤弥々子は、無事我家に帰り着いた。 表札もちゃんと『佐藤』で父親から順に名前が続いている。 どういう仕組みか、からくりか、とにかく帰宅できたから、まあ良しとしよう。

「ただいま」

今度こそ、開けた扉の向こうには見慣れた我家が待っていた。

おしまい

2002年、当時所属していた文芸部の部誌に投稿した作品です。 お題は「そう」という事で、好きな字を当てはめて話を書くという決まり事がありました。 どうしようかな〜と考えながら、いざ蓋が開いたら、はっちゃけたキャラクターが好き勝手に動き回るお話となりました。

2002.05 掲載(2010.10 一部加筆修正)

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