裂けた大地の物語・番外編

王族

03.---納得できない

祝宴が終わった後も、グラニアスは依然としてゼスベルに対する怒りを覚えていた。 自分より幾分か幼くはあるが、それでもあの態度には我慢がならなかった。 国を統治する王を敬う様子はまるで無い。 王族の末端とはいえ、偉大なる祖グランドウの血を受け継ぐ一族の振る舞いではない。

「何だって、祖父王君は黙ってあんな輩をお許しになったのだろう?」

納得がいかなくて憤るグラニアスは、暫く考えた後その旨を父グロラスに言いに行くことにした。 彼もまた烈火の如く怒っていたのは確かなのだから。 思い立って早速父の元へ赴いたというのに、あいにくの不在だった。 グロラスが王の下へ行ったのを聞くと、どうしようか迷いつつ、やはり赴く事にした。

 

いざ王の執務室の近くまで来ると、やはり躊躇してしまった。 それだけ、ロス・グラニオが近付きがたい存在だという事だが、それでもグラニアスは覚悟を決めて進んだ。 ロス・グラニオは必ず執務室の前に衛兵を置いていたが、この時に限って誰も居なかった。

何故なのか小首を傾げたが、扉の前に立った時、ふと漏れ聞えた父の声を聞いて納得した。 おそらく一時的に追い払ったのだ、王自身が。 グロラスと話をする時は、たいてい衛兵や身辺の者を遠ざける事が多かったからだ。

そして、グラニアスは悪い事だとは思いつつ、そっと聞き耳を立てた。 聞えてくる父の声は激しい語気を含んでいるのに、一方のロス・グラニオの方は、本当に静かな声だった。

「なぜ、あの場で厳しく罰しなかったのですか! いくら卿の家系の出とはいえ、あまりにも酷すぎる態度ではありませんか!」

「確かに、あの時お前は本気であったな、グロラスよ? 私が止めなければ、とうに絞め殺していたのだろう?」

「大人気ないと言われれば、それまでですが」

 

「だが、出来なかったのだろう、本当は?」

 

確信に満ちたロス・グラニオの声に、扉の外のグラニアスまでもが驚かされた。 そして、どきどきしながら二人の会話を、特に、父の返答を待つ。

 

「グロラス、お前に手加減を加える気は無かった。 だが現状は、身動きを封じるにとどまった……何故か」

「それは……」

「そろそろ魔力を現しても良い時期に差し掛かってきたのだろう。 だが、森霊の魔力の何たるかをまだ知らない幼年期こどもが、お前の殺気を辛うじてかわしたのだ、違うか?」

 

「……」

 

「ゼスベル、とか言ったな。 なかなかどうして、ギャレサスも面白い息子を持ったものだ。 そうは思わんか」

「無礼は承知の上、申し上げる。 ロス・グラニオよ、まさかあの輩を取り立てるおつもりではありますまいな?」

「無論、無い。 所詮は卿だ。 だが、あの幼年期は近年稀に見る魔力の宿し主となるだろう」

「近年、稀に見る……」

 

「お前の息子にグラニアスがいたな?」

 

突然自分の名前が王の口から出てきて、扉の向こうでグラニアスは驚くと同時に全身を雷のようなものが駆け巡るのを実感した。 一層聞き耳を立てていると、ロス・グラニオは静かに続けた。

「あれもゆくゆくは大した魔力の持ち主となる事だろう、充分将来の期待できる森霊だ。 だが、おそらくゼスベルに太刀打ち出来るか……どうだろうな」

 

その一言が、扉の向こうにいるにも関わらず、グラニアスに深く突き刺さった。 あまりに重たい響きに、一瞬目の前が歪んだほどだった。

一体、祖父王君は何を言っておられるのだろう。

必要以上に自分の心臓の音が大きく響いている気がして、扉の向こうで聞き耳を立てているのがバレてしまうんじゃないかと心配になった。 無意識に左手が服の上から心臓を押さえていた。

「ゼスベル、か。 王家にとっては少々厄介な存在となるだろう」

「それは、有り得ない事です、ロス・グラニオ! 私がさせません!」

祖父王君の静かな呟きを、真っ向から否定した父親の鋭い語気に、扉の向こうで息を潜める息子も思わずビクリとした。

「そうか」

何か含みのある響きのする祖父王君の言葉が、いつまでもグラニアスの耳の奥でこだましていた。

 

納得がいかない。

 

あんな一介の卿の息子ごときに、自分が引けを取るなんてありえない。

納得がいかない、絶対に!

 

その悶々と湧き上がる敵対心が、グラニアスに行動を起こさせた。 今まで、単身で王城の外へ出る事はまず無かったのだが、この時ばかりは衛兵や側近の目を盗み、また人一倍勘の鋭いグロリアまでも振り切って、ロス・グラニオを唸らせた一介の卿の息子の元へと急いだのだった。 その手には、しっかりと普段の訓練で使われる剣が一振り握られていた。

 

「おい、剣を取れ、手合わせしろ!」

 

突然現れた森霊の幼年期に、ゼスベルは唖然としていた。 相手は見るからに戦う気満々で、剣を片手に睨み付けてくる。

「誰だ、あんたは?」

「私はグロラスの息子グラニアス、現王グラニオの孫だ! ギャレサス卿の息子ゼスベルというのは、お前だろう! さあ、剣を取れ!」

「いきなり駆け込んできて、何言って……?」

さっぱり事情を飲み込めていない様子で、ただただ唖然とするばかりのゼスベルに、業を煮やした様子のグラニアス。 緊迫した様子のグラニアスに対して、全く緊張感の欠片も無いゼスベル。 何とも形容しがたい空間の亀裂に、幸か不幸か止める人物も見当たらない。

 

「勝負? 俺が? あんたと? 何で?」

 

訳が分からないまま、突然現れた王族のこどもが即座に攻撃を仕掛けてくる。 反射的にそれをかわすと、ゼスベルは一層困惑した様子で飛び退った。 その身のこなしの軽さに、グラニアスは内心で驚かされた。 まさかあの無防備な体勢で、自慢の初太刀をかわされるとは思っていなかったのだ。

「危ないなあ! あんた一体何考えてるんだよ」

「気安く呼ばわるな、無礼者!」

「来るなり、いきなり大立回りする方が、よっぽど無礼じゃないのか!」

「問答無用だ、覚悟しろ!」

「あんた、言ってる事が無茶苦茶だぞっ!」

 

構わず打ち込んでくるグラニアスに辟易しながら、ゼスベルはそれでも上手い具合に回避しては逃げ回った。 全く反撃してこない事に余計腹を立てて、グラニアスは本当に闘争心全開で立ち向かってきた。 立ち向かわれる方にしてみれば、迷惑この上ない。

「一体、何が何なんだ……」

そんな事を呟きながら、このままじゃ埒が明かない事を悟り始め、ようやくゼスベルは反撃に移った。

その後の勝負は、一瞬で着いた。

たまたま拾い上げた手頃な枝っきれが、勝敗を分けた。 上段から打ち下ろしてきたグラニアスの剣をかわすと、直後に枝っきれで手首を弾いた。 本人が思った以上に鋭い当たりだったらしく、剣が手元から落ちた。 その両手首は、硬直したまま小刻みに震えていた。

「あ、悪い。 つい力入った。 大丈夫か?」

「触るな、汚らわしい!」

 

むか……っ

 

グラニアスにとっては精一杯の強がりであったが、ゼスベルにとってはただただ腹の立つ拒絶だった。

「んじゃ、とっとと帰れ」

ぷいっとそっぽを向くと、ゼスベルはすたすた歩き出した。

 

「わざわざ出向いてやったのを光栄と思え! 一介の卿の息子!」

グラニアスも負けじと叫んだが、ゼスベルが振り返る事は無かった。 見苦しい悪態だとは自覚していたが、それでも何か言わないと気が治まらなかった。

 

密かに王城に戻ったグラニアスが、その後剣よりもむしろ大矛の訓練を重視し始めたのは、これ以降の事である。 練習に打ち込むその気迫たるや、熟練の指導者も恐れをなした程だったとか。 また、グラニアスの言葉遣いが時折、乱暴且つあまり響きの良くない一人称を使うようになったのも、この勝負以降の事である。 しかし、それを知っている者は、実は誰もいない。

お育ちの良いグラニアスに、そんな悪影響を及ぼしたゼスベルすら、まるで気付いていない。 一方、ゼスベルが特に王族を毛嫌いするようになったのも、実はこの勝負が原因だったりする事を、未来の王もまた気付いていない。

王族 おしまい

友人アビビ様にリクエストいただきました「ゼスベルとグラニアスのプチエピソード」を元に、番外編として執筆いたしました。 (アビビ様、リクエストありがとうございました。)

作中に登場するカタカナの読みは、一部造語です。予め、ご了承ください。

2010.08 一部加筆修正後、再掲載

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