種を撒いた。
早く育つように深く深く土を掘って、沢山沢山水を撒いた。
どのくらいで芽を出すのか分からないから、毎日毎日様子をみた。
まだ出ない。
今日も出ない。
深く埋めすぎて出てこられないのかもしれない。
水を与えすぎて溺れてしまったのかもしれない。
まだまだ寒いから出てきたくないだけかもしれない。
ひょっとしたら暗いから世界はずっと夜なのだと思っているのかもしれない。
まだ出ない。
今日もまだ……
何日も何日も待った。
すっかり季節が変わってしまった。
周りはもうぽかぽかと暖かく、花はそこらに咲き乱れている。
蜂も蟻も蝶々もみんな飛んでいる。
なのにまだ撒いた種は芽を出さない。
まだ出ない。
今日もまだまだ……
土の中に生きる他の誰かに食べられてしまったのだろうか。
それとも暗いその中で一緒に溶けて消えてしまったのだろうか。
芽を出す事無く土に返ってしまったのだろうか。
起きて、起きて、もう外はすっかり春だよ。
暖かくなってしまったよ、すぐに暑い日差しになってしまうよ。
早く早く、もう出てくるには今しかないよ。
それでも芽は出なかった。
我慢できずに掘り返した。
種をつまみ出してじっと目を凝らした。
飛び出してきたのは芽ではなく、笑い声だった。
おかしすぎて後ろにひっくり返ってしまうほど笑った。
芽が出る筈がなかったのだ。
だってそれは……炒り豆だったのだもの。
花屋で買った種の袋は未開封のまま雑貨に混じって座っていた。
どうやって間違えたのか、そんな事も可笑しくて沈黙を守る土まみれの種を眺めた。
きっとこの豆は怒っている事だろう。
食用の自分をよくも地面に埋めてくれたな、と。