小さな種々が芽を吹いた。 周りを見回すと淡い薄い若い芽が僅かに地面から覗いて天を仰いでいる。 後ろには倒れた大木の苔むした幹が横たわっていた。 天の遠いところには青々と茂る大きな葉っぱが沢山舞っていた。
種々はぐんぐん成長した。 踏み荒らされ食べられ引き千切られながら、それでもぐんぐん伸びていった。
みんなの目標は同じだった。 あの天の遠いところにある葉っぱに届く事。 種々は我先と伸びた。 ひたすら天に向かって伸び、ぐんぐん伸びた。
ある日種々は自分の周りを見た。
気が付くと新しく伸びた芽は数える程しかいなかった。 ほんの少し伸び遅れた種は、そのまま静かに枯れていった。 伸びる事に必死になっていて気付かなかった。 自分の隣でまた一つ、伸び遅れた種が静かに静かに枯れていった。 その瞬間、自分がまたぐんと伸びたのを種は実感した。
雷が鳴り、大雨が降り、若い根ごと地面が押し流される。 雪が積もり、土が凍り、そのまま眠りについてしまった木もいた。 春になっても夏になっても秋になってまた冬がきても、その細い木はそれ以上伸びる事はなくなった。
目の前で雷に打たれて折れた若い木も見た。 動物に角を突きつけられてそのまま倒れた若い木も見た。 気が付くと新しい木は自分だけになっていた。
木は何も考えられなくなった。 種だった頃を思い出していた。
その頃は、ただひたすら天に向かって伸びる事だけを考えていた。 少し伸びるたびに、これ以上無いくらいに嬉しくて嬉しくて、どんどん伸びた。 周りで何が起こっているかなんて考えもしなかった。
木は呆然としていた。 どのくらい呆然としていたんだろうか、何となく季節は何度も移ろっていった。 そして何かが枝に止まるのを感じた。 始めは遠くの方で、それから次第に音が聞こえてきた。 鳴き声のようだった。 少しずつ全身のあちらこちらで小さな気配を沢山感じた。 そして目が開いた。
沢山の鳥が自分に止まっていた。 小動物が走り回っていた。 目の前には青々とした葉っぱが群れを成していた。
いつの間にか天の遠いところにあった葉っぱに届いていた。 幹は硬く太く、動物が角を突きつけてきても、びくともしなかった。 根は深々と地面に潜り、大雨でも地揺れでも微動だにしなかった。
木は再び成長した。
ますます大きくますます太く成長した。 木の周りは沢山の命で溢れかえっていた。
ある晩雷に打たれ気を失った。 全身を引き裂かれたと思ったが木は倒れなかった。 分厚い皮が焦げ、幹が少しえぐられたが、それだけだった。
ある晩には大きな動物が皮を引っかいた。 べりべりと皮は剥がれたが、それだけだった。 何があっても強く生き続けた。 いつしか木は周りの木からも動物たちからも崇められるようになっていた。
何百年も数千年も生きて今では年老いて、その幹の根元には大きな虚が出来た。 それでもなお、大地にしっかり根付き、虚は動物の巣となり、梢では鳥が羽を休めて鳴く。 からからに乾いてささくれた皮すらも幾多の虫を守る大切な住処だった。
虚はどんどん大きくなっていった。 皮は少しずつ薄くなり内側から空になっていった。 木は自分の役目を成長の中で知った。 次の種の季節に自分は倒れるのだろう、苔むした幹は静かに横たわり、新しい芽吹きを眺めながら土に返ってゆくのだ。 木はその日を楽しみにしていた。楽しみだと思えるようになっていた。
次の芽吹きを目前にして、木はみしみしと音を立てた。 小さく長く音は続き、それから大木は大きな音を立てて虚の根元からばたりと倒れた。 静かな地揺れが崇められた木の最期を、その衝撃の大きさを届く限りの範囲に伝えた。
木は静かに芽吹きの第一号を眺めていた、安らかに。