散文100のお題

006. 海鳥

ペンギンが空を見上げていた。 青い空、白い雲、そして悠々と横切る小さな影。 一体ペンギンには何処まで何が見えていたのだろう、ふと俯くと、ぺたぺたと歩いて水面下に消えた。

彼らは飛ばない鳥。 その羽は飛ぶ為には出来ていない。その体は飛ぶ為には出来ていない。

でも、鳥。 揺らぐ海面の下、彼らは何を見て何を考えているのだろう。 右に左に蛇行しながら、魚の群に混じるようにして、でも時々顔を出して空を見上げる。

そんな彼らは、鳥。 海面から顔だけを出して空を見上げるペンギンの横を、矢のように飛んだ影。 波に突き刺さるように一瞬で姿を消し、また次の瞬間にはその足に銀色に光る魚を捕まえて舞い上がっていった。

ペンギンは一部始終を眺めていた。 一度潜ると、そのまま陸に向けて泳ぎ、陸に上がるとぺたぺたと歩いて腰を下ろした。 ペンギンは自分の羽を数回、ぱたぱたと羽ばたかせ、短い首をめいっぱい空に向けて伸ばした。

何も起こらなかった。そして、何も無かったようにペンギンは再び腰を下ろした。

 

空からは次々と鳥が戻ってくる。 海面に着地する者、陸まで飛んでくるもの。 そして、それぞれの巣に戻ってゆき、じっと眠りにつくのだった。

 

ペンギンはまた空を見上げていた。 暗い空、小さな星、ゆらゆらと空を覆う白い影。 ペンギンにはこれらの光景が見えていたのだろうか、微動だにもせず、ただじっと空に見入っていた。

 

彼らは飛ばない鳥。

本当にそうだろうか?

 

本当は飛ばないのではなく、飛ぶ場所が違うだけなのではないだろうか。

ペンギンの飛ぶ場所は、空ではなく、海。彼らは大海原を右に左に、自由自在に飛び回る。 もし彼らが飛ばないのではなく、泳ぐのだと言うのなら、彼らの泳ぐ場所は、海。 そして、空の影たちの泳ぐ場所は、空。

それだけ、なのではないだろうか。 彼らは共に卵から孵り、共に陸を歩き、共に海に潜り餌をとる。 違うのは、飛ぶ時に選んだ場所だけ。 彼らは何も変わらない。

 

その羽があるのは、空を泳ぐ為、海を泳ぐ為。

その体があるのは、空を泳ぐ為、海を泳ぐ為。

 

そんな彼らは、鳥。 海に育まれ、空に育まれ、陸で育まれた、鳥。 その事に、このペンギンが気付くのは一体いつの事だろうか。

海鳥……というより、ペンギン物語になりました。好きです、ペンギン。

2005.08.17 掲載

Copyright© Kan KOHIRO All Rights Reserved.