散文100のお題

007. γ線

軽く掌で押すだけで、ぱしと音を立てて壊れた。

目に見えぬ世界で、いとも簡単に崩れて消えた。

少し強く押せば、例え金属であろうとその腹の中を突き透した。 少し強くしただけで、木々の存在などその目には映らなくなった。

興味など、ないのだ。

 

嫌だ、嫌だという声は聞こえたのだろうか。 だが、ほんの少し掌を押し付けただけで、相手は痕跡すら残さずに黙った。 ぱしと消える直前に、小さくぷるぷると震えたその目すら突き透した。 目に見えぬ世界で、透明な透明な闇がすっぽりと覆いかぶさった。

 

その透明な影法師を踏むものなどいなかった、誰一人。

 

いつものように足早に透り過ぎようとした、その目にふと何かが映った。 珍しく足を止め、その何かにそっと歩み寄り、腰を屈めて覗いてみた。 息すら潜めて大人しく眠る、それは小さく眉を寄せると静かに寝返りを打った。 足元に転がってきたそれを、元の場所に戻してやろうと手を差し伸べた。

 

はっとして、すぐに手を引っ込めた。

己の手をまじまじと見つめ、それからもう一度そっとてを差し出した。 羽を救い上げるように、そっとそっとやれば、きっと大丈夫だと思った。 ゆっくりゆっくり、空気すら振るわせるのを躊躇うように静かに。

そして、そっと安らかな寝顔に触れた、その瞬間にぱしと亀裂が走った。 目の前で、その安らかな寝顔は突き透されて、震えるように消えていった。

 

何もないところに置き去りにされた己の手を見つめ、目に見えぬ世界で一人泣いた。

己こそが崩れ去ってしまえばいい、掌を己自身に突きつけて、ただただ泣いた、泣き続けた。 己を一切傷付けぬ、その掌を拳に変えて、今は何も無くなったその場所を叩き続けた。 ぱしり、ぱしりと小さな粒が舞い散った。

すっかりと枯れてしまった目、目に見えぬ世界で何も見なくなった透明なその目を開けて、やがて立ち上がった。 一歩、また一歩と歩を進めた。 前よりも少し速く。 触れても決して壊れないものを捜し求めて、ただひたすらに真っ直ぐに。

γ線を擬人間したような表現になりました。

2006.02.10 掲載

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