散文100のお題

010. 烏

その昔、先祖の羽は白かったという――

言葉を解し、多忙を極めるいにしえの太陽神に使え、伝令としての役割を与えられていたという。

 

多忙を極めるいにしえの太陽神から、その恋人へ思いのたけを伝えては、その様子を報告し、それを日夜かかさず繰り返す事に、正直である事に、忠実である事に、また純粋である事に、誇りを持っていたという。

 

その昔、いつものように多忙を極めるいにしえの太陽神の恋人の元へ、言付かった思いのたけを伝えに飛んだ、その時に、その恋人が身も知らぬ若い人間の若者とたいそう親しげに、仲睦まじくしている様を見たという。

正直である事に、忠実である事に、また純粋である事に誇りを持って、純白の烏は多忙を極めるいにしえの太陽神の元へ飛び帰り、見たままをありのまま語ったという。嘘偽りなく、言葉を濁す事なく、大袈裟に騒ぎ立てる事もなく、ただ淡々と語ったという。

 

多忙を極めるいにしえの太陽神の顔が、見る見るうちに悲しみと憤りに彩られ怒り狂う様をただ冷静に見つめながら、光り輝く白銀の弓が同じように光り輝く白銀の矢を遠く恋人の元へ放つ様を見守っていたという。

 

矢はまっすぐに地平線の彼方を抜け、恋人の左胸を何の迷いも無く刺し貫いたという。

恋人は恨み言を言うでも無く、どこまでも抜けるような青空を見上げながら、ただ一言お腹の子を無事に生みたかったと言い残し、そのまま事切れたという。

そのお腹の子が、誰の子なのか、あの若者が何者なのか、語られる事はなかったという。

 

恋人を亡くし、それでも多忙を極めるいにしえの太陽神が深い悲しみと虚しさに苛まれる様をただ静かに見つめながら、今度はその怒りを一心に受けて純白の羽は見る見る夜の闇の色に染まっていったという。

子々孫々、喪に服せ、と。

そして烏は言葉を発する事も戒められたという。

お前の言葉は災いだ、と。

 

もの言わぬ烏は当然のように、多忙を極めるいにしえの太陽神の伝令としての役目を解かれたという。

 

それでも、烏は正直である事に、忠実である事に、純粋である事に誇りをもっているという。何も語らずとも、太陽の光に照らされて、漆黒の羽は虹色に光を放つという。

 

それは、子々孫々受け継がれてきた誇りの証であるという――

久々の更新再開は、ギリシャ神話がテーマでした。

2008.04.27 掲載

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