雨上がりのアスファルトは急激に暖められ、むせ返るような熱気を帯びて遠く何十メートル先まで揺らめいて見えた。 空気中を漂う湿気と自分の汗を含んだカッターシャツがまとわりついて息苦しくて仕方がない。 ぱたぱたと掌をはためかせ、せめて自分の顔周りだけでも涼を得ようと試みるが、わずかに生ぬるい空気の流れを感じたのみ。 空いている手を額にかざして、灼熱の根源を恨みがましく細めた眼で見上げれば、体感できる暑さが三割増しになるばかりだ。 背負ったスポーツバッグがやたらと重い。
「暑い……」
口にしたが負け、三割増しの更に三割増しとなった熱気に軽く目眩すら覚える。 夏本番を前にして既にこの有様、この調子でアマゾンまで生活拠点を一気に移せそうな気にすらなってくる自分の思考回路が既にヤバイ。
スニーカーの底を通して伝わる暑さに辟易しながら、ようやく差し掛かった、いつものタバコ屋の角を曲がった。 ここから先、少しは日陰を歩けると思うと正直ほっとする。
「あ……！」
「ん……？」
店の前に置かれた、某製菓メーカーの名前が入った青ベンチに深々と座り、傍らに制鞄を無造作に放り出したソイツは、旨そうに氷菓子を頬張ったところだった。 登下校中の寄り道、買い食いは普通に禁止されているにも拘らず、だ。
「く〜、生き返る〜！」
「何食ってんだよ、お前……」
一瞬目を合わせたものの、すぐに手に持っているカップから再び掬い取った二口目を頬張り、至福の呻き声（にしか聞こえない）を挙げたあと、改めて目を合わせて平然と笑う。
「み・ぞ・れ。 こー暑くっちゃ途中で行倒れそう」
「つーか、普通に校則違反だろ」
「固いこと言わない、言わない。 あんたも食べる？」
幸せいっぱいの表情で、次々と頬張っていく。 あんたも食べる？ とか言う割には、そのスピードを見る限り、まったく分け与える気なんてなさそうだ。 ベンチの側に立ち尽くし、日陰とはいえ、充分うだるような暑さに晒されていると、何だか妙な苛立ちが湧き上がってくる。
何だ、コイツ、悪びれもせず校則違反なんかして、一人幸せそうにカキ氷なんか食いやがって……。
「ん？ どうしたの、怖い顔……って、あっ！」
氷を掬い上げた手を捕まえて、そのまま目の前で食ってやった。 口内に広がった冷たい触感に潤され、確かに生き返った心地がした。 ベンチの隣のアイスボックスに目をやると、他にもメロン、イチゴ、レモンと種類は沢山あるにも拘らず、何でわざわざみぞれなんだろうと思いながら溶けた氷を飲み干すと、情けない声が響いてくる。
「ああ〜、最後の一口だったのに……」
「何だよ、食べる？ っつったのお前だろ」
「あんたも買って食べれば？ って意味に決まってんじゃない！」
「……無理があるだろ、どー考えても」
日本語は正しく使え、正しく。
未だ未練がましく空になったプラスチックカップと板状のスプーンを交互に見つめながら、何語ともつかない奇怪な呻き声を漏らしている。 何と言うか、笑える……いや、表に出して笑ったりはしないが、妙な可笑しさがこみ上げてくる。
「ん、旨かった、ごち。じゃ！」
アスファルトは見る見るうちに乾いていくが、空気の熱は依然弱まる気配はない。 こんな中いつまでも突っ立っていたら、それこそ熱中症で倒れてしまう。 さっさと立ち去ろうと挨拶がてらに片手を挙げて、タバコ屋を横目に一歩を踏み出したところで、スポーツバッグ越しに重量感のある衝撃を食らった。
「何だよ、今蹴っただろ」
むっとして振り返ると、諦めたように備え付けてあるゴミ箱にカップとスプーンを放り捨て、制鞄を取り上げて立ち上がったソイツが、若干仏頂面のまま、ぱたぱたと制服の裾をはたいていた。
「じゃ！ じゃないよ、じゃ！ じゃ。 言っとくけど、食べ物の恨みは怖いんだからね」
「大袈裟なヤツだなあ、一口貰っただけだろ」
「最後の、ね。 ここ重要」
これは後々まで根に持つタイプだな、と理解したところで漏れた溜息が、立ち上る熱気に押されて消えた。
「今度返す。 これでいいだろ」
「みぞれで宜しく」
だから、何でみぞれなんだよ。 出かかった言葉は、そのまま蒸発して飛んでいった。 どうやらこの場で言うにはそぐわない、という事なのだろう。 第二のミドルキックが飛んできてはたまらない。
「へーへー、みぞれな、了解」
満足したのか、ようやく仏頂面が剥がれ落ち、ふふっと漏らした笑い声が湿気よろしく、そこら中に漂っているようだった。 平然と歩き出したソイツが、何故歩調を合わせて隣に並んでいるのかは、この際あえて考えない事にした。