散文100のお題

015. 意識という深い海

意識やら、無意識やら、そういったものを海に例えて話をする人がいる。 哲学だか、心理学だか、よく知らないが本当にそんな海があるのなら、私は魚になって悠々と泳ぎ回りたいと思う。

 

「回遊魚かよ」

「そうよ、どうせなら広々と泳ぎたいじゃない」

興味なさそうに傍らで本を読んでいると思ったら、何だ、しっかり聞いていたらしい。 半ば独り言のつもりで呟いていたのだが。

 

「で、誰の意識の海を泳ぐ気なんだ?」

読書を一時中断してまで返してくる律儀さには感服する。 と、いうより、元々この手のややこしい話が好きなんだった。 自分のおかわりついでに、目の前の半分程飲んだマグカップに紅茶を足して差し出しながら、問われた答えを考えてみる。

「そうだねえ、誰のにしようかなぁ」

私から受け取ったマグカップを口へと運ぶ様を眺めながら、この人のだけは遠慮しておこうかな、と、ふと思う。

普段から何事にも事細かに追求するタイプだから。 きっと意識の海とやらも、大変に複雑な環境に違いない。 プランクトンの代わりに、いくつもの関数が泳ぎ回っているはずだ、きっとそうだ。

 

「案外、誰のものでもない意識の海を泳いでみたいかな?」

 

そう答えた私を見て、一瞬ぽかんと口を開けたかと思うと、次の瞬間には可笑しそうに肩を揺らして笑い始める。

「何だ、それ」

「だって、それが一番楽しそうなんだもん」

誰かのものより、誰のものでもないもの。

でも、そもそも誰のものでもない意識なんて、あるのだろうか。 なければ、当然、海もないわけで、そうなると魚になるとか、ならないとか、そんな話もできないんじゃないか。

「あ、あれ……?」

 

そこまで考えて、すっかりこんがらがってしまった私を見ながら、相変わらず肩を揺らして笑っている遠慮のない顔。 一体何がそんなに可笑しいんだか。

「そこまで笑う事ないじゃない」

「お前、やっぱ面白いわ」

満面の笑顔を向けられて、しまった、と思っても既に遅い。 細かな探究心には既に火が点いている。 私には全くもって理解できない海の中では、きっと凄まじい進化が始まっているに違いない。

時々ワケもなく答えの出ない事を考えてみたくなります。

2009.02.09 掲載

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