「きれいだねぇ」
子供たちの目の前には大きな百科事典が広げられている。 世界の鉱物と表題されたその分厚い本を、一ページ一ページ丁寧に捲りながら、新しいページが開かれる度に小さな歓声が挙がる。
「パパラチア?」
「サファイアの一種だって。 ピンクがかったオレンジ色が特徴です……採れる量が少ないらしいよ」
「へぇー」
聞きなれない名前の響きが面白く、子供たちはきゃっきゃと騒ぎながら指をさす。 その中で一人、言葉もなくそのピンクがかったオレンジ色の鉱物に目を留める少女がいた。 何の凹凸もない紙の上から、まるで本物に触れているかのように、そっと指先をあてがって憧れるような目つきで微笑んでいる。
「その美しさは、インド洋の朝焼けと称されています、だって」
「あさやけ?」
「インドの朝って、こんな色してるの?」
「ばか、インド洋だってば。 海の方だよ」
先ほどから会話に入らず、ただひたすらにページを眺めている少女に、ようやく仲間が気が付いた。
「何、どうしたの? 欲しくなった?」
少女は無言で頷いた。
「高そう〜」
「親に買ってもらう?」
「ほいほい買ってもらえると思ってるの?」
子供ながらに、希少で高価な宝石である事を漠然と理解している。 そんな無邪気な光景の中で、初めて少女が顔を上げ仲間と視線を合わせた。 その両眼の生き生きとした光の中に、その場に不似合いな野望が灯っていた。
そして、にこりと微笑んだ直後、少女は平然と言ってのけたのだ。
「買ってもらう? まさか、自分で掘りに行きたいの」
瞬間に子供たちは絶句した。 そして直後には、冗談だよね、と笑いあう。
少女はそれ以上何も言わず、笑いあった仲間と一緒に、またにこりと微笑んだ。 十年後、彼女が本気で採掘現場で汗水垂らしている未来など、仲間の誰も想像だにしていなかった。
「あいつ……本気で採りやがったってよ」
「え、何を?」
同窓会の場で、グラスを片手にぽつりと漏らした言葉と、ネットニュースを開いた携帯画面。 それを覗き込む当時の仲間の一人と、それをきっかけに次々と話の輪に加わる仲間たち。
「あー、それ、見た見た。 ジュエリーデザイナーを目指さないところが、あいつらしいよな」
「現代の宝石ハンター様様だね」
「次は何を採りに行くって?」
「さあな〜、そのうち宇宙の鉱物でも採りに行くんじゃね?」
一瞬固まった場の空気と、それを打ち砕くように挙がる、酔った陽気な笑い声。 だが今、この場の誰もがそれを否定しようとはしなかった。