03.書庫での会話---ディルーグ・ニ・ポス
「これ、信じる?」
ダイオンは一冊の本を片手にラスタムに尋ねた。 目は相変わらずページを見ていたが、ラスタムの方は振り返ると本を元の場所に戻してからダイオンの指し示すページを覗き込む。
「ダル・セルヴィアの事?」
「うん、大昔に空から大地を支配していたって帝国、本当にあったと思う?」
「さあ、どうだろう? でも、あったかもしれないね。 あったらいいなぁ、だって空に帝国を造るって凄い事だよ、どうやって造ったのかな」
「空って事は、やっぱり浮いてたのかな?」
ダイオンは眉を顰めてラスタムを見た。 ラスタムも首を傾げていた。 広げられたページには、実に四分の一を占める挿絵が載っていた。 勿論、想像図ではあったが、まるで見てきたかのように生き生きと事細かに描かれている。 子供達にとっては、それだけでも充分心弾む材料になる。
その挿絵は、空高い処に浮かぶ大きな島だった。 雲の合間に堂々と聳える建物は、まるで要塞のようだ。 ページを捲ると、今度は古めかしい角ばった感じの紋章が載っていた。 空から大地を支配していたという帝国の紋章だ。 そこに描かれているのは、先端と尾に頭を持つ巨大な蛇だった。 一方の頭からは風を、もう一方の頭からは雷を吐き出している。
「うへ……っ、気持ち悪い怪物」
ダイオンが思わず舌打ちをする。
「
「大変で済むもんか、おちおち洗濯物も干せやしない!」
「しょっちゅう外壁も直さないといけないかもしれないね」
「魔術師よりも一級建築士になれそうだ」
普段、どんな生活をしているのか、彼らがどんな立場に居るのかが窺い知れる会話だ。 共に働き者であるらしい事はよく分かるのだが、やはり両者には子供らしさが足りない、と言わざるを得ない。
しばらく伝説上の国の話や、古くからある昔話に花を咲かせていた子供達だったが、束の間考えた後、ダイオンは意を決したといった感じでラスタムの顔を見た。
「何?」
しげしげと見られるので小首を傾げるラスタムに、ダイオンは慎重に言葉を選ぶように尋ねた。
「君は、その……いつから風の老のところに居るの?」
「今年で二十年調度になるよ」
「二十年? 二年じゃなくて?」
「うん、二十年」
ラスタムはきっぱりと断言した。
どうやら聞き間違いではないらしい事がはっきりして、ダイオンは小さく「そうなんだ」と呟いた。
驚かないのは、やはりラスタムの風貌が
「じゃあ、君はやっぱり
「違うよ」
そう答えたラスタムの表情が曇った。
「え、でも、その顔つき……」
人間離れしているのは確かだ。 でも、森霊だと言い切るには何処と無く中途半端な感じがするのも、また確かなのだ。
「森霊じゃない」
「でも、人間でもないよね?」
「……」
ラスタムは何も答えなかった。 ダイオンにとってはそれが答えだった。 ラスタムには人間と森霊の血が混ざっている。
「別にからかってるとか言うんじゃないよ。 僕だって、今年で五十六歳だ」
「え? だって……」
どこから見ても十代半ばの子供だ。
「僕も混ざってるんだよ、ただ残念なのは人間寄りだって事かな」
「まさか」
「僕はお父さんが人間で、お母さんが森霊だった。 いくつになっても魔力を現さないから、捨てられたんだ」
ラスタムは唖然とした表情で、穴が空くほどダイオンを眺めていた。 まさか、言の魔術師の弟子が自分と同じどちらにも属せない『半端者』だったとは。
「驚いた?」
「うん」
ラスタムは頷くのが精一杯だった。