裂けた大地の物語

石と風と言葉---トン・ゼフュー・フ・ローグ

04.友情---ヨースキャップ

「でも、今は充分幸せだよ。 拾ってもらえたのが師匠のところで本当に良かったって思ってる」

 

森霊ファリ人間モルとの間に生まれた自分と同じ『半端者』は、そう言って笑顔を見せた。 確かに言の魔術師はとても優しそうな老人だった。 話だけは時々聞かされていたが、確かにその通りの人物だった。

「君もそうでしょ? 風の老に拾ってもらえて良かったじゃないか」

「うん」

未だに驚きから抜け出せないラスタムは、何色ともつかない目をくりくりと動かしている。 自分が思っているよりも、ずっと大地は狭いのかもしれない。 そんな風にすら思えていた。

 

「何だ、そんなに驚いた?」

 

ラスタムは無言で頷いた。 何でこの少年はこんなに屈託無く笑えるのだろう。 心のどこかではそう思っていた。

確かに言の魔術師はいい人なのかもしれない。 だが、『半端者』の扱いは厄介がられるものだ。 特に森霊の中で育ったのならば、それなりに辛い思いをしていただろうに。 どうして、こんなに笑えるのだろう?

「辛くなかったの?」

「森霊と一緒だった時は……正直、辛い思い出の方が多いよ。 けど、今は周りに森霊はいないし、師匠と魔術の勉強が出来る。 昔の辛い事を気にしてると、一日一日を損してる気分になるんだ。 だから考えないようにしてる」

 

「そう、上手くいってるなら良かったね」

 

ラスタムは呟くように言うと、ダイオンから本を受け取り元の場所に戻した。 それから一通り書庫の点検を兼ねて一巡りすると、出入り口に戻って今度は「イリータ」と呟いた。 書庫の間接照明が一斉に消えた。

 

「大抵のものが手動なのに、ここの明かりだけは魔術を使ってるんだね、何で?」

「本物の火を使うと、何かあった時に資料が全部燃えちゃうから、だって」

「じゃ、呪文にしてあるのは何で? 壁仕掛けにしたっていいじゃないか」

「知らない人が書籍を盗んでいかないように、だって」

「あ、なるほど」

ダイオン少年は、合点がいったとばかりに両手を打った。 だが、直後には「こんな所にわざわざ書籍泥棒が来るだろうか」と、新たに湧いた疑問に再び眉を顰めてみせる。

 

「もっと厳密に言えば、他にも仕掛けが沢山あるんだけどね。 先生、本当に本が無いと生きていけないみたい」

「そこまでいくと、病的……っとと、いや、その」

またしても失言を吐いて、ダイオンは慌てて言葉を切る。 しまった……と語る目を見ながら、別に怒るでもなくラスタムは静かに頷いた。

 

「本当に、病気になっちゃうよ」

 

まるで遠く彼方の人に向かって呟くような、そんな頼りない響きすら感じられたが、本人は相変わらず無表情に近い表情のまま、外に出ると平然と断崖絶壁の端っこを歩く。 二十年も棲んでいれば慣れもするだろうが、今にも飛ばされそうな彼女の体つきを見ていると、いつ海風に煽られて転げ落ちるとも限らない。 余計な心配なのだろうが、ここを初めて訪れたダイオンにとっては充分考慮すべき問題だった。

「そ、そんな端っこ……危ないよ」

「慣れれば平気」

「へ、平気……って」

そりゃ、そーかもしれないが……ダイオンは妙に煮え切らないまま、先を行く案内人を追って慎重に歩みを進めていく。 しかし、その内に慣れてきて、段々と海風に吹かれたり、潮の香りを嗅いだりと楽しめるようになってきた。

それを時々振り返るようにして、ラスタムは眺めている。 あまり表情豊かとは言えない子供だが、長年見慣れた人が見れば、和んだ様子を感じ取る事だろう。

 

「随分と仲良くなったようじゃないか」

「やはり、子供は柔軟だね」

 

窓の外を眺めていた客二人は、こぞって微笑を浮かべて頷き合っている。 彼らの視線の先には断崖絶壁で楽しそうにちょろちょろと動き回っている弟子達の姿があった。

「ほれ見ろ、何も心配するような事もなかっただろうに」

少々曇ったような表情で茶を飲んでいたフェルドベンに気が付いて、マグレオンは窓の外を指差した。 つられるように、ゆるりと視線を移すと、その先には何やら話をしているらしい子供達の姿が目に入る。

 

『慣れてないんだから、無理はしないほうがいいよ』

『あ、馬鹿にするなよ、運動神経は森霊並みなんだからな』

『森霊は本来、森を離れて暮らさないんだから説得力無いよ』

『あ、そっか、そー言えばそうだ』

 

風に乗ってフェルドベンの耳には子供達の笑い声が良く聞える。 風と語らう魔術師マゼウスである彼には、子供達の楽しそうな会話の一部始終が聞える。 そして、自然と小さく笑みが零れた。

「確かに、ラスタムのあんな和んだ表情は久しぶりに見たよ。 レクヤーマスが今日ダイオンを連れてきてくれて良かったと思っておる」

「ダイオンにとっても、とても良い事だね。 わしこそ礼を言わないとね」

レクヤーマスがにこりと、孫の成長を喜ぶ祖父のような顔をする。 フェルドベンも小さく頷いた。 そんな二人を交互に見て、マグレオンが胸を張る。

 

「どーだ、わしの一声のおかげだぞ」

 

すると途端にフェルドベンは仏頂面に早変わりだ。

「余計な一言が、たまたま功を奏しただけじゃ。 図に載るな、全く」

 

「確かに、マグレオンは弟子を取るには向かないかもしれないね」

可笑しそうにくすくす笑いながら、レクヤーマスはカップを持ち上げると最後の一口を飲み干した。

「レクヤーマス、お前まで……」

途端に眉尻が下がるマグレオンを見て、レクヤーマスは相変わらず口元に笑みを浮かべ、フェルドベンは「それ見たか」と言わんばかりに、密かに勝ち誇ったような一瞥を向けた。

作中に登場するカタカナの読みは、一部造語です。 予め、ご了承ください。

2004.09 掲載(2010.08 一部加筆修正)

Original Photograph by My Gallery
Copyright© Kan KOHIRO All Rights Reserved.