裂けた大地の物語

石と風と言葉---トン・ゼフュー・フ・ローグ

08.弟子の仕事---エピノス・デュティ

まだ家の戸が開くか開かないかのうちから気が付いたのはラスタムだった。 視線を家に走らせると、屋内にいた老人二人がゆっくりとした足取りで出てきた。 ダイオンも気が付いて小走りに寄っていった。

 

「話は済んだのか?」

遅れて続いた残りの老人が二人に向かって、「どうなんだ?」と尋ねる。 老人達はただ短く「済んだよ」とだけ返し、おのおのの弟子達を構う。

「今晩は泊まっていくといい」

「すまないね」

帰る道程を考えると、既に昼を回った今からでは遅い。 道も悪いし時間もかかるし、何より物騒だ。 一晩泊まり翌朝早くに発つ事になった。 それを聞いて、真っ先に走って家に帰ったのはラスタムだった。

 

まさかフェルドベンが用意する筈がない。 いきなり三人も泊まりこむとなれば、当然それ相応の準備が必要だ。 その為に走って行ったのだ。

「厄介になるんだ、お前も一緒に手伝っておいで」

師匠にそう言われてダイオン少年も遅れて家の中に駆け込んでいった。 微笑ましい程、素直で従順な弟子達だ。 しばし屋内が慌しくなる中、今度は老人達が外で散歩をする事にした。

「果たして、弟子とはこういう風に使うものなのか?」

もっともなマグレオンの指摘に、師匠たちは沈黙を守って笑うしかなかった。

 

「これも運ぶの?」

「うん、全部。 まだ日のあるうちに干しておかないと」

既にラスタムは小さな身体で布団や掛け布団を抱えて何往復もしていた。 一応定期的に手入れはしていたが、それでも埃っぽさや湿っぽさはある。 お客様に出すとなると、それも自分の先生の友人たちとなると、とてもこのままでは……

「きみ、いつもこんな事してるの?」

「うん」

「風の老って優しそうに見えて、実は結構人使い荒いんだね」

「そうじゃなくて、先生やらないから」

「そ、そう」

研究熱心なのは魔術師として当たり前の事だし、成果を上げているフェルドベンは確かに一流と呼ばれるに相応しい老だ。 それは確かだと思うが……それはきっと、弟子の功績でもあるんだろうな。 ダイオンは口には出さずとも、また確信した。 自分なりの結論を出した少年は、言葉を出す替わりに大きな溜息を吐いた。

「ちゃっちゃと片付けちまおー」

「そうだね、夕飯の準備もしないといけないし」

 

弟子の仕事の域を超えている感の否めないこの発言に、ダイオンは今度こそ何も言えなかった。 ラスタムは両腕をはち切れんばかりに広げて半ば布団に埋もれるようにして運び出していく。 その姿を見ながら、ダイオンはふと思った。

(僕も料理するの?)

 

人の住む気配なんかまるで無かった殺風景な崖の上に、束の間布団の群れが風に揺られてはためいく牧歌的な光景が現れた。 その布団の群れの間に時々垣間見える小さな人影が二つ、ちょろちょろと動き回っていた。

「で、夕飯って僕らが作るの?」

「そうだけど」

他に誰が作るの?

不思議そうに小首を傾げるラスタムを見て、ダイオンは「やっぱりな……」と言葉に出す代わりに肩を落とした。

「で、食材は?」

「あっち」

しっかりと言い切って指さした先には、緩やかに続く丘と斜面だ。 一見した所には何もない。 一度家に戻って篭を取ってきたラスタムが先頭を行き、すたすたと足早に進む。 そして家から少し歩いた先に広がっていた斜面の上に立った時、下方には何か耕して手入れの行き届いた一角があった。

「へぇ、菜園あるんだ」

「うん、ほぼ自給自足」

「だよね」

そういえば近くに人里なんか無かったし。

実際目の前にして、ダイオンはようやく納得した。 これもここでは弟子の仕事なのだろうか、と危うく尋ねそうになったが、答えを聞くのが空恐ろしくて黙っている事にした。 それでも、こんな所まで来て畑から食材を調達するとは思ってもみなかったので、子供にとっては楽しい事に変わりない。 お互いに顔を見合わせて、次の瞬間には我先と走り出した。

「何でこんな斜面の下に作ってあるの?」

「ここなら直接潮風に当たらないから」

畑まで降りてくるとより良く分かる、小さいながら実に充実していた。 隣でラスタムは、「じゃがいもはまだあったから……」等とぶつぶつ言いながら、どれを採取しようか迷っているようだ。

「ね、あれは?」

ダイオンが指差した先には、形はヘチマとマメを掛け合わせたような、外皮はカボチャに似た恐ろしく長い物が蔓の先になっていた。

 

「ああ、巨人のマメだよ」

 

簡単に答えたラスタムだったが、ダイオンの方は両目がマメになっていた。

「何だって?」

何て言った? 今、何て言った? 巨人……?

作中に登場するカタカナの読みは、一部造語です。 予め、ご了承ください。

2004.10 掲載(2012.01 一部加筆修正)

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