09.巨人のマメスープ---イエストス・ミィスープ
「巨人のマメ。 その昔、寝てばかりいて仕事なんかしなかった巨人が、ある日一本の蔓になっちゃって巨大なマメが出来たんだって」
「うげ……」
マメだという巨大な物体に近付いていたダイオンは、思わず数歩後ずさってしまった。
「勿論昔話だよ。 本当は巨人が食べてた世界で一番大きなマメなんだって」
「あ、何だ」
心底ほっとしたようにマメをつつくダイオンだったが、その感触は確かに皮の分厚いカボチャそのままだった。 拳でこつこつ叩いてみると、中身の詰まった重たくて鈍い音が聞こえた。
「面白いけど、食べれるの、これ?」
「結構美味しいよ、食べる?」
味云々よりも、むしろ興味の方が強い子供たちは、今晩の夕飯に巨人のマメを使う事にした。 大人たちの反応はどうだろうか、特に客人となった老人達の行動がどんなものか、それが知りたくての決定だった。
巨人にとっては普通におつまみ感覚だったかもしれないが、子供達には二人で運んで精一杯という大きさだ。 食べるとなると、今日の人数でも一本で充分だ。 嬉々としてマメを抱えて丘を駆け上がる二人の姿を、幸か不幸か老人たちは見ていなかった。
「どーやって割るの?」
「大鍋で煮たら柔らかくなるから、すぐに剥けるよ」
「へぇ、じゃ放り込むよ」
「うん」
料理場に入った二人は早速下ごしらえに取り掛かっていた。 先ほど火にかけた大鍋は既にぐつぐつと沸騰している。 そこへ豪快にマメを放り込もうとしたが、熱かったのでやはりそーっと滑り込ませる。 マメは一度頭まで沈んで、それからゆっくりと浮かび上がり対流する湯と一緒にくるくる回り始めた。
その間に日持ちのする黒パンを取ってきて切り分け、それからラスタムは隣の棚にある調理用の薬味を吟味していた。
「沢山あるねぇ」
「うん、いつの間にか増えちゃった」
「え、じゃあこれも風の老の収集物?」
何処まで手を広げているんだ、あの老人は……半ば呆れたように見ているダイオンの隣で、ラスタムは無言で手の動きを止めてしまった。 それに気が付いてそちらを振り向くと、何だか物凄く申し訳なさそうにしているではないか。
「何、どうしたの? え、まさかこれ、きみ?」
「う、うん」
「本当に?」
「植物沢山育ててたら、先生が調味料にもなるから試してごらんって。 で、やってみたら面白くて、気が付いたらこんな事になってた……」
「あっはは、は」
無意識にダイオンの口からは乾いた笑いが漏れていた。 よく似たもの親子とか血は争えないとか言ったものだが、それは別に血縁が無くても当てはまるようだ。 あえて言うなら、そっくり師弟だ。
「きみもやるね、結構」
「……」
面目なさそうに俯いてしまったラスタムを見て、ダイオンは慌てて自分の言葉を言い直そうと必死だ。
「あ、いや、別に悪くないよ、全然! むしろ、い、いいんじゃない?」
だが、混乱していて充分に誤解を解く事は出来なかった。 全くトンチンカンな事を言ってしまい、逆にダイオンの方が気まずくなってしまった。
「何言ってんだ、僕」
苦々しい自問自答だが、ラスタムは暫くきょとんとして見ていた後、小さく笑った。 ダイオンに悪気が無かったのは、分かり安すぎる程だったのだから、怒る道理もない。
「お鍋、噴いてるよ」
「え? うわっ、どうしよう!」
慌てるダイオンを他所に、ラスタムは成れた手つきで少し掛けている鍋を火から離して、湯が落ち着くのを待った。 それを見極めてから、薬味を混ぜ合わせてスープの下味となるであろう物を作っていく。
「うわ、何だこれ」
嗅ぎなれない匂いにダイオンが鼻を摘む。 その隣で平気そうにしながら擂り粉木を動かしているラスタムは平然として答える。
「身体にいいんだよ?」
「そんな感じの匂いだけど、これ本当に食べるの?」
「スープに混ぜちゃえば大した事ないよ」
あんまり説得力の無い返事だった。 茹で上がったマメの皮むきは面白い程簡単だった。 調子に乗って、ついついダイオンは一人で全部剥いてしまっていた。 ラスタムは別に怒ったりしなかったが、あっという間に剥いてしまったダイオンの手さばきには正直に感心していた。
「あとは薬味と混ぜてじっくり煮るだけだよ。 最初の内はひたすら混ぜるけど、全体がトロトロになったら蓋をして弱火で煮込むの」
「了解!」
大きな木べらを掴んで、ダイオンは上機嫌でぐりぐり鍋の中身をかき混ぜる。 最初はマメがゴロゴロしていて力が要ったが、その内にスムーズに木べらが円を描き始め、混ぜた直後にうっすら筋が入るくらいになると、火を弱めて蓋をした。
「後は待つだけ」
「師匠たち、どんな顔するかな?」
鍋からは時期に食欲をそそるいい匂いが漂い出て、散歩をしている老人達を誘き寄せるのだった。