11.団欒---レイードゥーン
食事の用意をするのが弟子の仕事であれば、片付けるのもまた弟子の仕事だ。 物事は準備から後片付けまで全てやり終えて、初めて完了したといえる。
師であるフェルドベンにそう教えられてこの家で育ってきたラスタムにとって、この家の家事や炊事は弟子として当たり前の仕事であった。 普通に考えると、他所の家ではここで「何かおかしくないか」と思うところだが、幸か不幸か、この家には地理的にも人脈的にも他に比べるべき対象が無かった。 だから、先生がそう言えばラスタムにとってそれは修行の一環なのである。
「まあ、精進はできそうだけどね」
例により後片付けをしているラスタムの隣で、やはり師匠に「手伝っておいで」と言われたダイオンが時々そんな事を呟きながら洗われた食器を拭いていた。
「あ、お皿はこれで最後だよ」
ラスタムがそう言って綺麗に洗ったお皿を渡す。
「これでおしまいか」
「お皿はね」
「え?」
まだ何かあったっけ?
そんな顔をしているダイオン少年に、ラスタムは人差し指を一本出した。 指の先を辿ると、そこには最後に残された大物の姿があった。
「あのお鍋も洗わなくちゃ」
やっぱりこの家、何か間違っている気がする……どうしてもそう思ってしまうダイオン少年の複雑な弟子心だった。
「お前さんはどうも弟子を都合よく使っている感が否めないな」
先に団欒している老人たち三人は、ゆったりと椅子の上でくつろいでいる。 まだ弟子たちが洗い物を終えていないうちからだ。 そして、マグレオン老人のもっともな意見に、レクヤーマスは小さく苦笑していたが、当のラスタムの師匠は「何の事だか」と言わんばかりにとぼけている。
「弟子を給仕か何かと勘違いしておらんか?」
「しとるわけなかろうが! あれはれっきとした躾じゃ。 物事の段取り、手順、道具の扱い方、それから始めた事を最後までやり抜く事の大切さが一度に学べるじゃろう」
「それが言い訳がましいんだ、それが! もっともらしい事を言って子供を上手い事丸め込みよって」
「わしの教育方針に口出しせんでほしいわい、現にあの子は立派に育っておるではないか」
「それはラスタムが聞き訳が良くて元々利口だったからの話じゃないのか?」
「いいや、あれはわしの教え方が良いからじゃ」
「一体どこを捻ればそんな自信が湧くんだ、この屁理屈爺ぃめ」
「何じゃと、この石頭の頑固爺ぃめ」
「まあまあ、二人とも……」
飽きもせず、またもや口論を始めていがみ合う老人達を見かねて、ようやく残りの一人が止めに入る。 そこへ奥の洗い場から分厚い金属音が響いてくる。 何事かと思って聞き耳を立てると、続いて子供達の高い声が聞えてきた。
「もっと大事に扱ってよ、ダイオン!」
「滑りやす過ぎだよ、この鍋!」
「ああ、角っこ、へこんじゃった! 先生に怒られる!」
「こんな形をした鍋が悪いんだ!」
「普通の大鍋だもん!」
「大きさが間違ってる!」
弟子達の言い合いは師匠たちに筒抜けであった。
「まったく、どう考えても子供らと同じだね」
そしてレクヤーマスのきつい一言が、言い争いをしていた老人達に深く突き刺さった。 あれだけ激しかった口論が、ロウソクの火のように儚く消滅する。 洗い場の声も聞えなくなったが、暫くして老人達の元へ帰ってきた子供達は、お互い仏頂面であった。
「何て顔をしとるんだ、二人とも」
「だって」
「ダイオンがお鍋を乱暴に扱うんだもん……」
「ちょっと落っことしただけだよ!」
確かに子供の手には少々持て余す大きさの鍋だ。 扱い慣れないダイオンは掴み損ねてうっかり床に落としてしまった。 だが、思い切り景気良く敷石の上に鍋を炸裂させたのもまた事実だ。
日頃から「物は大事に扱いなさい」と厳しく言われてきたラスタムにとって、ダイオンのやらかしてしまった事は厳罰ものの衝撃であった。 フェルドベンを怒らせるとどれ程怖いか知っているラスタムは、それを思って顔面蒼白になった。
「まあ、どれ程注意を払っていても間違える事はある。 次も同じ事をしないようにだけ気を付ける事じゃ、二人とも」
フェルドベンは、自分もさっき一言の元に切り捨てられたばかりなので、弟子に強気であたるのが憚られ、自然と語気も和らいでいた。 それを見てマグレオンとレクヤーマスは妙な表情を作っていた。
「はーい」
「申し訳ありませんでした」
まだどこか、ふてくされた態度の抜け切らない返事をするダイオンに対して、ラスタムの方は神妙だ。 どこか肩透かしを食らったような安心したような、煮え切らない表情を向けている。
「どうしたのじゃ、ラスタム?」
「あ、いえ、その、いいんですか?」
「ああ、今日は構わん。 ゆっくり休みなさい」
「は、はい」
一瞬驚いた様子を見せたが、ラスタムは大人しく引き下がっていった。 それに続いてダイオンも師匠たちに一礼をして下がる。 だが、今の会話が腑に落ちないようで、ラスタムに追いつくとすかさず何の事なのか尋ねた。
「いつもは寝る前に反省部屋に入れられるの」
「は、反省部屋?」
「うん、怒られ度合によるけど」
「怒られ度合って……っていうか、そんな部屋あるの?」
「あるよ、家の外に」
「外!」
ダイオンは仰天して目を剥いた。