裂けた大地の物語

石と風と言葉---トン・ゼフュー・フ・ローグ

14.見えない旅路---オンズィクト・リーズ

「何処に行ってたの?」

そっと家に戻り中に入ると、そこには静かに佇む子供の姿があった。 既にちゃんと服を着込み、身支度は整っていた。 ただ髪の毛だけは少しだけ寝癖がついて跳ねていたけれど。

「ダイオン――」

問題はその表情だった。 子供だが、その目はずっと澄んで冷静だった。 恐らく自分が昨深夜そうだったように、ダイオンも師であるレクヤーマスから事情を聞かされたのだろう。 まだ多少の驚きと戸惑いの色が浮かんでいたが、普通の子供では出来ないような大人びた目だった。

「外に出てたの、調度夜明けだったから」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

しばしの沈黙の後、ダイオンは小さく息を漏らした。

「そうなんだ、安心した。 僕はてっきり家出でもしたのかと思ったよ」

「い、家出?」

「そう、きみならやりかねないなぁ……と思ったから」

「そんな事しないよ、わたしの家はここだもん」

「だからだよ。 この家を離れたがらないだろうと思ったんだ」

「……」

「やっぱりね」

「……」

「結論から言わせてもらえば、僕は反対だね。 どう考えても子供一人じゃ無理だよ、この家に残るのは」

「……」

「そりゃ、二十年ここに住んでいて、いきなり他所へ行けって言われるのは正直むちゃくちゃだと思う。 立派な魔術師かもしれないけれど、弟子の立場から言えば風の老は立派な師匠じゃない、自分勝手だよ。

でも、風の老のやろうとしている事はとても大事な事だと思う。 これからしようとしている事で、きみが荷物になるのは仕方のない事だよ」

 

「分かってるよ」

 

ラスタムがまるで一回り小さくなったような錯覚がした。

「だから、僕の師匠の所へおいでよ。 ここ程面白い環境じゃないけどいい所だよ。 師匠は教育上手だからきっときみを立派な魔術師にしてくれる。 一人前になったら、その時にここに戻ってきて風の老を待てばいいじゃないか」

「ダイオン」

「ここには時々様子を見に戻ってくればいい。 掃除とか手入れとかするなら僕も手伝うよ」

何が言いたいのか、考えるまでも無かった。 ダイオンはダイオンなりに自分の事を案じている。 その気持ちは真っ直ぐラスタムにも届いていた。 だが、やはりラスタムには即答する事が出来なかった。

 

ここで頷いてしまったら、二度とフェルドベンの許に戻って来られないような気がしていたから。

 

「ダイオンの言いたい事は良く分かってる、分かってるよ」

返事を避けたラスタムの表情はまるで海底の石のように見えた。 ダイオンはそこで引き下がった。 自分の立場は誰よりもラスタム自身が理解しているだろうに。

「ごめん、そうだね、一晩中考えていたんでしょ?」

「うん、昨日寝ないで考えてた」

「僕もなんだ、驚いたのと明日からの事を色々とね……眠る余裕なんてなかったよ」

ダイオンは小さく遠慮がちに笑った。

「朝ごはんの仕度があるんだろ? 手伝うよ」

「あ、うん」

「朝は普段何を食べるの? 何か要るものがあるなら採ってくるよ?」

「パンと卵とスープ」

「よし、分かった!」

そのまま駆け出して行こうとしたダイオンは、そこではたと足を止めた。

「卵ってここでは鶏も飼ってるの?」

見かけなかったから不思議に思ったのだ。 するとラスタムは首を横に振るではないか。

 

「違う、飼ってないよ。 卵は崖下に巣を作ってる海鳥の卵を貰ってくるの。 いいよ、慣れないと危ないから、わたしが取ってくる」

そう言ってラスタムは静かに再び外に出た。

 

「海鳥、成程ね、それなら沢山見たよ」

誰にともなく一人ごちてダイオンは台所へと入っていった。 食器や食卓の準備くらい出来る。 閉まってある場所も了解済みだ、スープは昨夜の残りを温めるのだろうか? どちらにしてもかまどの火を熾しておく方が良さそうだ。

食卓の準備を終えてかまどの火を見ている頃、ラスタムが小さな籠に卵を五、六個入れて帰ってきた。

「それが海鳥の卵? 何だか大きいね」

「おいしいよ、茹でるのと焼くのとどっちがいい?」

「一個茹でてあとは焼く!」

「分かった」

 

台所が賑やかになってくる頃、年寄りたちがようやく姿を見せ始めた。 日は既に昇りきっている。 大地も海もすっかり起きてさんさんと降り注ぐ太陽を浴びている。

「やれやれ、まったく」

「おはようございます、石の老」

出来上がった卵を器に乗せて運んでくる子供たちとかち合って、石の老は生欠伸を飲み込んだ。

「元気だな、お前たちは」

「良く眠れなかったのですか?」

「いや、良く眠った。 だが、どうにも疲れは一日ではとれぬ体だ、年をとるのも一苦労だな」

「何だかよく分からないや」

ダイオン少年が首を傾げて見上げてくる。 石の老はそんな子供たちの様子を見て、目を細めて笑った。

「分かってたまるか、若いもんに」

作中に登場するカタカナの読みは、一部造語です。 予め、ご了承ください。

2004.12 掲載(2012.01 一部修正)

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