3.競技祭 --- グランデュロア
毎年数度催される競技祭に向けて、日没の森の
そして、そんな中でも特にグロラス王の息子たちは血気盛んに祭の日を待ち構えていた。 彼らにとっては、特にこの競技祭が重要な意味を持っていた。
実質的な王位継承権が、この大会に懸かっている。
つまり、この大会で一番の戦士となり、英雄となる事が次の王座への確実な近道となる。 だからこそ、ここのところ王城周辺は、事の他ぴりぴりと張り詰めていた。
そんな空気とは縁遠い所で、いよいよ出発日を明日に控えた自由気ままな森霊の若者が、食後の軽い運動を兼ねた散歩に出かけようとしていた。 もちろん、ゼスベルである。
家の外に出た途端、強烈な殺気が形となって飛んできた。 驚いて避けると、それは戸口の柱に深々と突き刺さった。 重量感のある鈍い衝撃音が静かな森に響く。 よく見ると、ほぼ水平に刺さっているそれは三ガロはありそうな丈夫な矛だった。 僅かに右に傾き、えぐるように突き刺さっている矛の癖で、ゼスベルには誰が投げたのかすぐに分かった。
「随分、荒い挨拶だな。 喧嘩売っているとしか思えないな、グラニアス」
程なく、長身でがっしりと体格の良い
「よく分かったな」
「抜けぬけと。 矛先に王家の紋がしっかり彫られてるような物を投げてよこすな」
「よく見てるじゃないか、なら軽々しく放ったりするな。
「なら、人に向かって投げずに、いざという時の為に磨いて飾っとけ」
「随分言い返すようになったじゃないか、ゼスベル?」
「人を殺そうとしといて、あんたもよく言う」
「あれくらい避けられないようじゃ、森霊の戦士として役には立たんぞ」
「森霊はファンガルよりもずっと繊細で華奢に出来てると思うがね」
すっかり散歩どころではない雲行きになってきたのを感じて、ゼスベルは内心でげんなりしていた。 グラニアスはグロラスの息子たちのうちでも、特に有望視されている王位継承者候補の一人だ。 武勇、知能ともに猛る森霊の戦士だ。
ゼスベルにとって、一番関わりたくない王族の一人でもある。
「で、何の用なんだ?」
父親に似て、典型的森霊気質のグラニアスが、わざわざ好き好んでゼスベルに会いに来るわけがない。 聞かなくても何か用があるから来たに決まってるが、さっさと用件を聞いて帰ってもらいたいのが本音だ。
「お前の所に尋ねてくる者は、必ず用がないといけないのか」
「用も無いのに来ないだろ、あんたは。見え透いた事を……」
明らかに冷め切った反応しか見せないゼスベルに、グラニアスもそれ以上戯れる事はしなかった。 周囲をはばかることも無く、一瞬にして殺気を漲らせる。 これが本来のグラニアスなのだ。
「グランデュロアの事は聞いているな」
「ああ、七日後……だったかな」
「お前も出ろ」
「……はあ?」
聞き違いだろう、と思った。
「知らなかったな、いつの間に強制参加になったんだ?」
言った途端に、グラニアスの矛が空を斬って唸った。 その矛先は、寸分狂わずゼスベルの喉元を狙っていた。 辛うじて皮膚に触れずにいたが、グラニアスの目を見れば、その殺気だけで突き殺しそうなほど鋭い視線を向けている。
「ふざけろ、ゼスベル。 今度のグランデュロアが俺たちにとってどういう意味を持っているか、お前も王族の端くれなら知っているだろう。 これはグランドウの血を引く全ての者の義務だ!」
「……生憎、俺は無責任者でね、棄権するよ」
「ならば、今この場で直々に引導を渡してやる。 お前の存在は目障りだ」
「光栄だね。 もともと王権から一番遠いところにいる俺に、わざわざ一番の継承者候補が敵対心を燃やしてくれるとは」
「……っ貴様!」
一層の殺気を増したグラニアスであったが、その矛先がゼスベルの喉を貫く事はなかった。
出来なかったのだ。
ゼスベルの静かな殺気が、グラニアスのそれを上回ったからだ。
自分の殺気で、相手の殺気を打ち殺す。
それが森霊の持つ魔力のもっとも怖いところだ。 気を制された者は身動きは愚か、呼吸の一つもままならなくなる。 グラニアスの矛は、あとほんの薄皮一枚分の隙間を埋められず、宙に留まったままだった。 ゼスベルはその矛先を片手で無造作に逸らし、自分の剣に手を置いた。
「あんたがやる気なら、今この場で相手になってやってもいい。 だが、俺は正直、気分じゃない。 明日にはまた旅に出るつもりだ。 見逃してやるから、これ以上俺の周辺を騒がしくしないでくれ」
グラニアスを開放してやると、やはりそれ以上の殺気を漲らせて向かってきた。 だが、矛を構えなおす前にゼスベルの剣先がグラニアスの喉首にぴたりと宛がわれた。
「少しでも身動きすれば、首を飛ばす。 グランデュロアの前だ、怪我だってしたくないだろう。 その矛しまってくれないか」
承知せざるを得ない。
グラニアスは殺気を収めた。 それを充分に確認してから、ゼスベルも自分の剣を鞘に収めた。
「なぜ、打ちかかってこない」
「言ったろ、気分じゃない」
平然とそれだけを言うと、ゼスベルは改めて散歩に出かけた。 食後の運動にしては、この一件はあまりにも消化によろしくない。 気分直しのつもりで、広大な日没の森の中でも偏狭中の偏狭に向かって何事も無かったように分け入っていった。
その平然と構えた後姿を見やりながら、グラニアスは、ようやく自らの鼓動が戻ってきた心地で、憎々しげに舌打ちした。 呼吸は難なくできるが、喉を覆う皮膚も、その奥の組織もひりひりと痛み、痺れていた。 ゼスベルの殺気に当てられた所為だ。
やはり、底が知れない分、恐ろしい奴だ。
ゼスベル自身が望みさえすれば、おそらく王座もこの国も難なく彼のものになるだろう。 だが、ゼスベルはそれを望んでいない。 あれほどの力量があって、なぜ日没の森の指導者に立とうしないのか。
憤りとある種の羨望を抱きながら、グラニアスは喉元を押さえて立ち上がった。