5.再会 --- ソール・ノク
謎の
一体、
オンズが気なら、実体化するとはどういう事なのか。
そして、嘆きの時代とは一体なんの事だろうか。
どれもこれも
あの魔術師は、一体何を知っていると言うのだろう……
森霊ですら知らない、何を。
あの時以来、まだ悪鬼には遭遇していない。 あの時感じたような気配も無い。 あの事件そのものが、白昼夢だったのではないかと次第に疑い始めながら旅を続けて、ゼスベルは思わぬ再会を果たす事になった。
それは、故郷、日没の森から見て南東に九八〇デュロン程離れた、とある町での事だった。 人ごみの中、天候も良いというのに頭巾の付いた長い古びた外套をまとい、深々と頭巾を被った後姿。 賑わった街中には似つかわしくないもの静かさのわりに、歩みは恐ろしく速い。
まさか……
ゼスベルは後を追いかけた。 この町中をあんな格好をして歩くのは魔術師しかいない。 もしかしたら、悪鬼の事で何か聞けるかもしれない。 そう思って、何度も人ごみに消えかける人影をひたすら追った。
「ま、待って下さい!」
やっと肩を掴んだ時、外套の魔術師は振り返りざまに一喝した。
「何をするか、ばかもんっ!」
「い、石の老……!」
少々小汚くはあったが、老人の顔には確かに見覚えがあった。
「覚えていませんか、僕です。日没の森の……」
何かと食い下がろうとする森霊の若者の顔を、小器用に片眉だけ顰めて老人は暫し己の記憶を辿る。 そして、ようやく思い当たったと言わんばかりに深い溜息を吐いた。
「ああ、ゼスベル。 ……いきなり掴みかかってくるから誰かと思ったぞ」
「すみません。 どうしても聞きたい事があった人だと思って、つい……」
「一体何事だ?」
この魔術師と森霊という珍しい組み合わせは、人ごみを避け、町の外れの古い酒屋でゆっくりと腰を下ろす事になった。 一パイントの発泡酒を二つ運んできたゼスベルに、老人はにんまりと笑顔を見せた。
ゼスベルにとってこの老人は良き友人であり、また良き話し相手でもあった。 それは石の老の方でも同じで、彼らは時々会っては色々と話をしたものだ。
「しかし、お前さんから話を持ちかけてくるとは、また珍しいな?」
たいていは魔術師の性と言うべきか、老人の方から疑問に感じた事、不思議に思った事等を問答の一環のように話しかけるのだが、目の前のゼスベルは何やら深刻な表情を垣間見せる。
「ついこの間、貴方とは別の魔術師に会いました」
「ほう、珍しい事もあるものだ」
「名前も、何の魔術師であるかも明かさなかったのですが、とにかく危ないところを助けてもらったんです」
「お前さんが助けるのでなく、助けられたのか。 ますます珍しい事だな」
「その魔術師が最後に気になる事を言い残したんです。 貴方なら何か分かるんじゃないかと思って……その魔術師はこう言いました。 『オンズが実体化する時、嘆きの時代が始まる』と」
「何だと……?」
ゼスベルの予想以上に、石の老はうろたえた表情をみせた。 それが気になって、ゼスベルは更に尋ねた。
「やはり、何か知っているのですね?」
「……いや、知っているわけではない。 ただ、お前さんが誰にあったのかは分かった」
「誰なんですか、あの魔術師は?」
「アリタル語で、マゼウス・ノス・ゼフュー。 風の魔術師だ」
「風の魔術師……」
「わしの古くから交流のある友人の一人だ」
そう言った老人の表情が浮かないので、ゼスベルはますます気になった。
「ここ何百年、やつは姿を見せていない。 頃合を見て会いに行っても留守がちでな、長い事論も闘わせていなかったのだ」
「そう、なんですか……?」
「やつは確かに言ったんだな、嘆きの時代と?」
「はい。 その時心迷う事無かれ、呑まれてしまう、と」
ゼスベルの言葉を聞いて、老人は静かに溜息を吐いた。
「どういう事なんですか?」
「確たる事はわしにも分からんが、最近のやつはいつもそればかり気にしていた。 嘆きの時代が来る、嘆きの時代が始まると、まるでうわ言の様に言っていたのを思い出すわい」
魔術師の言う最近とは、決して一般的な時間軸でない事だけは確かだが、それを差し引いたとしても事態は意外と深刻であるらしいと、森霊であるゼスベルにも想像はできた。
「それで、オンズは気だとも言っていました」
「やつの口癖だった、悪鬼が現れるのは嘆きの時代の先触れだとな。
悪鬼とは、つまり死者の残した一種の念のようなものだ。
特に悲しみ、無念、嘆き、怒りにみられる遺恨の事をわしらは
「それに襲われたところを、僕は風の魔術師に助けてもらったのです」
「何だって、現れたのか、オンズが!」
石の老は慌てた様子でゼスベルを凝視した。 そして、どっと疲れたように脱力すると、深く考え込むように目を伏せた。
「嫌な予感とは当たるものだな。 やつの言ったとおりの事が起ころうとしている、というのか……」
「石の老、大丈夫ですか?」
「ああ。 だが誤算があったようだな、予想よりも拡大が早い……」
「どういう事です?」
「やつの試算では、既に数百年前から南の地では悪鬼が現れる現象が起こっていた。
それでやつは長年調べていたんだが、この辺りまで広がるには
「はあ……」
魔術師を相手に話をすると、時々深みにはまる事がある。 いや、むしろ議論を好む彼らの性で、謎は謎のまま深まってしまうのがお約束でもある。 今度ばかりは相談相手を間違えたかもしれない……ゼスベルはふと、そう思った。