6.噂 --- レム
石の老と別れてからも、ゼスベルの旅路はすこぶる順調だった。
少々気にかかっていた
その途中、不思議なものを見た。
何やら、広範囲に渡って焼けた跡。
木炭化した街路樹、黒々と煤けた跡も生々しいレンガ。
その先に進むと、そこはひっそりと静まり返った人里だった。 昼間だと言うのに、まるで活気がない。 もしかしたら、ここにはもう誰も住んでいないのかもしれない……
「一体、ここは……」
むしろ不気味な感じすら漂わせる村の跡を足早に通り過ぎて、ゼスベルは更に旅を続けた。 静まり返った廃墟のような村から更に百デュロン程下った所に、活気のある別の人里があらわれた。
そこで何か聞けないかと思って立ち寄る事にしたゼスベルは、村に入るなりいきなり
「
里の人間のあまりに突発的な興奮状態に唖然としながら、ゼスベルは注意深く里を観察して歩いた。 どの顔も明らかに森霊であるゼスベルを歓迎していないばかりか、剥き出しの敵意に満ちている。
一体、何があったのだろう?
小首を傾げながら通りを歩き過ぎ、やがて農牧地帯に入ると、今度は農具を握り締めた人間に行く手を阻まれてしまった。
「森霊が、この里に何をしに来た!」
「何って……旅の途中に立ち寄っただけで」
「出て行け! 出て行かないなら、こっちも戦うまでだ!」
とても戦うような物腰ではないにも拘らず、農具を振りかざして人間は威嚇してくる。 ゼスベルは、そっと自分の剣の柄に手を添えて身構えた。 こんな所で戦士でもない人間と渡り合うなど考えてもみなかったが、もしも撃ちかかってきたら応戦するほかない。 話し合いなど、始めから無理だと直観したからだった。
「待たんか、お前たち!」
人間もゼスベルも、とっさに声のした方に目を走らせた。 別の農夫らしき人間が、ゆっくりと歩いてくるところだった。 見たところ、かなりの年をとっているらしい。 しわの深い顔だが、目は力強かった。
「やめんか、軽はずみに命を落とすのは馬鹿のする事だ。 それにお前たち、神聖な農具を血で汚す気か」
人間たちは、よく使い込んだ己の農具に無言のまま視線を移し、それでも暫くはその場に留まったが、やがて年寄りの説得を聞いて散っていった。 その後姿を眺めながら年寄りは、今度はゼスベルに向き直る。
「見たところ森霊だな、お前は。 この里に何か用か?」
「旅の途中に立ち寄っただけですが、里の様子に驚いて……一体、 なぜここの人間は森霊に敵対心を持っているのですか?」
「旅か……暇な奴もいるもんだ。 お前、ここに来る前に焼けた里を通ってこなかったか?」
「あ、はい、通りました。 まるで火事にでも見舞われた跡のようでしたが……」
「活気のある大きな村だったが、森霊にやられたんだ」
「な、森霊が人間の村を襲ったのですか?」
「正確には
「まさか……何の理由も無く森霊が人間の村を襲うなんて」
「ああ、そうだろうな。
何でも、あの村に森霊の
人間の年寄りは、静かに当時を思い出すように話した。 だが、ゼスベルにとっては、まるで嘘のような話だった。 たかだか、森霊の幼年期を取り戻すのに村を一つ焼き滅ぼし、更にはそのこどもを追放するなんて、どう考えても正気の沙汰じゃない。
「驚いたか、まあ、そうだろうな。 そんな訳だ。 ここら一体には森霊に親切な人間の里は無いと考えた方がいい、むしろ危害を加えられないように気を付ける事だな」
「そのようですね、親切に教えてくれてありがとう。 僕はもうお暇するのが懸命ですね、どうやら」
「そうしてくれると、こちらも有難い」
ゼスベルは鋭い視線を時々感じながらも、足早にこの里を後にした。 人目を避けて森の中を歩きながら、ゼスベルはさっき聞いた話の事をずっと思い巡らせていた。
森霊が人間の里を襲った事。
それも村に紛れ込んでいた森霊の幼年期を取り戻す為……
先天的に魔力を持つ森霊が、まさかファンガルを使って人間を襲うとは……何か、のっぴきならない事情があったに違いない。 だが、やり方があまりにも浅ましい……。
そして、分からないのは、そうまでして取り戻した森霊の幼年期を、国から追放したという事……森霊であるゼスベルには、それがどんなに残酷な事か分かるだけに、余計に信じられなかった。
森霊の幼年期は、まだ魔力を持たない。 自分を守る力もない無防備で弱い時期だ。 そんな幼年期に、まさか追放などとは通常、有り得ない厳罰だ。
この辺りにある森霊の国と言えば、グランドウの地の南にある
それが、まさか……
「狂っているとしか、言いようが無いな……」
これも、石の老や風の魔術師の言っていた『荒れた』事態なのだろうか。 今度の旅は謎だらけだ。
進路こそ変わってしまったが、目標だった二千デュロンは達成したというのに、考えても考えても霧の中を進むような妙に心もとない感覚だ。 それも旅の醍醐味と言ってしまえば暢気なものだが、今度の旅は、どうも楽天的に済ましてはいけないのではないか。
何とも表現しがたい引っ掛かりを、心の片隅に確かに感じていた。