裂けた大地の物語

ゼスベル哀歌---フォーヌ・ゼスベル

9.森霊の集会 --- コンバタ

そして、グラニアスの戴冠の儀はそれから半年後に華々しく執り行われた。

それは盛大な式で、何度もグランデュロアで優勝を果たしたこの英雄を、日没の森の森霊ファリたちは森を上げて大いに祝った。

ゼスベルはただの一般森霊として、少しだけ式を見に行こうとしていたのだが、お節介焼きの王族のお姫様の所為で、王族の血を引く一介のケスとして参席させられる事になってしまったのである。

(何で、こんな事になったんだろう……)

窮屈な王族の正装を着させられるハメになり、頭の天辺から足の先まで身なりも卿らしくまとめられ、正直うんざりしていた。 ここ何百年、こんな格好なんかしてこなかったのに……ぴかぴかに磨かれた壁や鏡や窓ガラスに映る自分を見ては、お前は一体誰なんだ、と思わざるを得ない。

 

「ゼスベル! 似合ってるわ、とっても! もっと普段からそういう格好をしていればいいのに!」

「……グロリア」

冗談じゃない。

まさしくお節介焼きのお姫様……もとい、自分の遠い親戚にあたる妹が嬉々として駆け寄ってくる姿を見て、ゼスベルは口にこそ出しはしなかったが、それでも面白く思っていない事を表情に出してしまっていた。

「やあねぇ、そんな顔したってダメよ。 今日は特別な日なんだから、貴方にだってそれくらいの事我慢してもらわなくっちゃね」

「好き勝手言うなよ、僕はこれでも充分我慢しているんだよ」

「はいはい。 でも、王族の衣装くらい着こなせないでいては一人前とは言えないでしょ、貴方が珍しく正装しているから、今日は王城もソワソワしてるわ、面白いじゃない」

「僕は全く面白くないよ、ひとを楽しみの道具にしないでくれ」

「そう怒らないでよ、ゼスベル。 今のは言い方が悪かったわ、ただ、正装している貴方はとても素敵よって事が言いたかったの」

無邪気にしているグロリアに、ゼスベルは怒ると言うよりも毒気を抜かれて溜息を吐くしかなかった。 ゼスベルだって分かっている、グロリアに悪気は無い。 だが、やはりグロリアが持っているのは王族の思考なのだ。 王族の衣装に身を包み、王城で暮らし生活する事が当然の事なのだ。

 

ゼスベルとは相容れない存在なのだ。

 

堅苦しい格好に身動きを封じられて、式の真っ只中で席を立つわけにもいかず、荘厳にして長々しい儀式は、ゼスベルの脳みそをだらけさせるのに充分だった。 正直、祝辞やら賛歌やら、そんなものは全く覚えていなかった。

ただ、グラニアスがロスの称号を受ける時だけは、さすがのゼスベルもしっかりと目を覚ましていた。 ほとんど横顔も垣間見れない位置に座っていた所為で、その時グラニアスがどんな表情をしていたのかは分からない。 だが、真摯な気持ちで受け止めている事は分かった。

新しい王の立った瞬間だった。

それ程見慣れた顔でもなかったし、いけ好かない奴ではあったが、グラニアス王となったその後姿からは、堂々とした威厳が感じられた。

きっと立派に勤めを果たす。 極力関わり合いを持ちたくない相手ではあるが、意志の固さは正直感服するところだ。 途中で責任を放棄するような事は絶対にしない、グラニアスはそういう奴だ。

(いや、奴っていうのは良くないな、ロスに対して……)

歓声と拍手が辺りを埋め尽くす中、ゼスベルも勿論拍手をもって新王を讃えた。 元より異論を唱える気も、反対する意思も無い。 今の日没の森に、グラニアス以上の人材がいるとは思えない。 物事は、なるようになっている。

だから、これで良いんだ。

 

肩にのしかかっていた権力闘争の巻き添えをこれ以上食う事無く、ほっとしていた矢先に、グラニアス王の付人、つまり卿として森霊の集会へ参席させられる事が決まった。 勿論、お節介焼きのお姫様が一枚噛んでいるのは間違いない。

グラニアスが快く思っていない事は容易に想像がついたから、ゼスベルはうな垂れるしかない。 だが、「これで因縁が断ち切れるんだから、そうそう悪い事じゃないでしょう?」の一言に乗せられて、結局行く事になったわけだ。 けじめをつける事に異論は無い。 これでスッパリ縁が切れるなら、最初で最後のつもりで出てみるべきなのだろう……そう無理やり結論付けての決断だった。

勿論、グラニアスの方でも面白く思っていないのはヒシヒシと感じられたが、表立っては、とりあえず何事も無い風を装っていた。

 

「この度は、日没の森の新王に立たれたとの事、心よりお祝い申し上げる」

そう言って集会に迎え入れられ、グラニアス王は緊張した面持ちで席に着いた。 友好的というよりも、むしろ品定めをするような視線の方が多く飛んでくる。 付人という立場でも不快に思うこの空気を、一体グラニアスはどう受け止めているのだろうか。 まるで仮面を頭から被ってしまったかのように硬い表情を貼り付けているグラニアスもさる事ながら、一堂に会した衆目の目は、その付人の方にも注がれていた。

「これは、ゼスベル卿ではないか、珍しい事もある」

声をかけてこられても、ゼスベルは返答に窮した。

(……誰だ?)

「覚えておりませんかな、ギュズです、夜光の森の」

「………」

知らん。

付人の分際で、そんな失礼な事はとても言えない。 しかし、こういう場からは縁遠いゼスベルにとって、覚えている以前の問題だった。 ただ、夜光の森だけはいくら何でも知っていた。 とりあえず、元老の一人である事は確かだろう、こんな場に出てくるくらいなのだから。

 

「ゼスベル! ゼスベルじゃねーか!」

全くもって覚えていない連中に囲まれて、失礼にならないように無視を決め込もうとしていた矢先、どこかで聞いた事のある声がした。 声の先に眼を向けると、懐かしい奴が小走りしてきた。

「……ガラ!」

「何だお前、何してるんだよ、こんな所でよ?」

「お前の方こそ、どうしたんだ?」

「俺はただの護衛だよ、あっこで談笑してるギュズ様の、お前は?」

「俺は付人参加。 これきりだろうけどな」

 

実に三十三年ぶりの再会になる。 時々連絡くらいは付けていたが、まさかこんな所で会おうとは、お互いに思っても見なかった事だけに積もる話で盛り上がる。

 

「これで日没の森も世代交代ってわけか」

「俺も晴れて自由奔放の身だ」

「お前はもともと自由奔放だろうが、何言ってやがる」

そう言ってゼスベルの背中を遠慮も無くバシバシ叩く。 相変わらず、豪快な性格だ。 唐突に叩かれた所為で自分の酒をこぼしたゼスベルは、何とも言いがたい苦笑いをしながら残りの酒を呷った。

「ところでよ、お前さっき付人で来たって言ってたよな?」

「ああ」

「じゃ、ちとマズイんじゃねぇ?」

「マズイ?」

尋ね返すゼスベルに、ガラは神妙な表情で頷き、顎をしゃくった。 つられて視線を移す先には、宴もたけなわといった感じで談笑するお偉方が、そこ、ここに集っている。 一見する分には実に穏やかな光景だが、ゼスベルも言われて気付いた。

 

「どちらサンも、むしろお前の事を話題にしてる」

 

それだけ言えば、充分だった。

「これじゃ、ロス・グラニアスをダシに手前ぇを売り込みに来たようなもんだ」

「そ、そんなの冗談じゃない!」

思わず声を荒げたが、ガラは隣で冷静に返す。

「分かってる、うるせぇよ。 お前はそんな世渡り上手じゃねーよ」

「引っ掛かる言い方するな」

「けどな、権力に目の無い連中にとって、お前の行動は野心家のする事だ。 ……覚悟しておいた方がいいぜ、当分集会は荒れそうだ」

「お前……!」

ゼスベルが何かを言いかけた時、丁度ギュズが声をかけた。

「おっと、いけね俺行かねーと、じゃ、そーゆー事だ。 くれぐれも巻き込まれるなよ、ゼスベル!」

 

一人取り残されたゼスベルは、呆然として人ごみに溶け込んでいったガラの後姿を眺めていた。

まさか、そういう展開になるとは思いもしなかった。 金輪際、この手の集会に来る気の無い事を証明しようとして嫌々参加したというのに、なぜ、こういう事になる。

 

今、確実にゼスベルの周囲に嵐の予感が渦巻いていた。

作中に登場するカタカナの読みは、一部造語です。 予め、ご了承ください。

2004.04 掲載(2010.01 一部加筆修正)

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