短編集

根っこたちに捧げる賛歌

根っこたちに捧げる賛歌

あなた、何しているの、と前から歩いて来た人が言った。

え、歩いているのですよ、と尋ねられた方が答えた。

そうなの、どこから? とその人は言った。

どこって、ずっと遠くからですよ、とその人は答えた。

ずっと遠く?

ずっと遠く。

そういうあなたは、どこから来たの、と尋ねられた方が尋ねた。

わたし?

そう、あなた。

 

さあ、どこからかしら、と尋ねた方が答えた。

だって、ずっとずっと歩き続けてきたから、どこから歩いてきたのか分からないの。

分からない?

分からない。

最初に尋ねられた方は困ってしまった。

自分がどこから来たのか分からないなんて、そんな事あるのだろうか。

 

忘れたのではなく?

忘れたのかもしれないわ、と最初に尋ねた方は答えた。

かもしれないって、どういう事? と最初に尋ねられて今尋ねている方が、また尋ねた。

かもしれないから、かもしれないの、と最初に尋ねて今尋ねられている方が答えた。

だって、ルートが分からないのだもの。

ルートが分からないって?

ルートはルート、自分がどこからきたのか、どこへ行くのかというルート。 わたしにはそれが分からないの、だからどこへ行くのかも分からないの。

 

自分で決めたらいいじゃない、そんな事。と尋ねられた方は、またまた尋ねた。

決める? 決められる事なの? だって、自分がどこから生えたものなのか、分からないのよ、何の為に歩いているのかも分からないのに?

分からないから、好きなように決められるんじゃないの。

分からないなら、それもいいと思うわ、でもわたしは忘れてしまったの。 と最初に尋ねた方は答えた。

 

忘れた? だから何を忘れたの?

それが分からないの、分からないから忘れたの。

忘れるなら大した事じゃなかったかもしれないよ? と最初に尋ねられた方は言った。

大事な事なのよ、と最初に尋ねた方は言い切った。

 

とても、とても大事な事だったのよ。

 

そんなに大事な事なら、どうして忘れたりするものか、と尋ねた方は言い返した。

大事な事なのに忘れてしまったのよ、どうしてなんて分からない、と尋ねられた方も言い返した。

忘れたりしなければ、わたしは歩いたりしなかったもの。

え、何だって?

わたしは、分からないから歩くのよ、あなたは何で歩くの?

それは……

あなたこそ、これからどこへ行くつもりだったの?

どこへ……

ほら、わたしと同じじゃない、歩くのは、あなたも分からないからよ。

違う。

違う?

違う。

尋ねられた方は言い切った。

 

探しに行くんだから。

どこから来たか、探しに行けばいいんだから。

その為に歩けばいいんだから。

それが歩く目的になるんだから。

 

ああ、そう、そうね、それいいわね。 最初に尋ねた方はそう言って、にこりと笑ってすれ違っていった。

 

ありがと。

 

そういい残して、また歩き始めた。

振り返った尋ねられた方は、歩き去った尋ねた人の後ろに根っこを見つけた。

 

ありがと。

 

尋ねられた方もそう呟いて、それからまた前を向いて歩いていった。

その人の後ろにも、ちゃんと根っこは続いていた。

根っこを一つ跨ぐと、歩き去った後で根っこは一つにくっついた。

ルーツとコミュニティーの関係について、少し考えてみました。

2005.01.30 掲載

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