短編集

ある旅人の冒険

ある旅人の冒険

目覚ましの音が妙にボヤボヤ聞こえた朝、頑張ってズリズリ布団から這い出すと、不思議な事に部屋が大きくなったり小さくなったりしていた。

……あれ。

目を瞬いて眉を顰めて、もう一度部屋を見回した。 すると今度は力尽きて枕に撃沈、そのまま暫く思考回路は緊急閉鎖したけれど、目を閉じるのを忘れた。

……。

三十分して緊急閉鎖は解除された。 横に転がって布団から這い出ようとしたら、失敗、頭をぶつけてしまった。 何にぶつかったのかは知らないが、とにかく空から鉄筋コンクリートが降ってきたような痛さだった。

こ、この世の終わり……。

ぶつけて火花を散らすところを消化するように押さえながら、そのままズリズリ這い出して、ドアを開けたら廊下が物凄く長くなっていた。 一歩踏み出すと、そこはフローリング模様のラクダの背中の上だった。

なが〜いラクダだなぁ……。

大きくなったり小さくなったりするラクダの上を歩きながら、ふと足元を見ると自分の足が十階建てのビルの窓から見下ろしているみたいになが〜くなっていた。 指の先を動かしてみても、小さすぎて分からない。

こんなに長くなくていいや……。

長くなりすぎて、なかなか上がってくれない足を一歩一歩出しながら、首を少しだけ右に向けてみた。 すると遠心力がかかりすぎて、顔の周りを三周半もしてしまった。 頭の中身がスピードに乗り遅れて、外身が止まっているのにまだ回転していた。

……げふ。

突然ラクダが機嫌を損ねて急発進して行ってしまった。 振り落とされてしまったので、仕方ないから冷たい砂漠を裸足で歩く。 もう一方の扉まで、あとどのくらいあるのだろう、それともあれは蜃気楼で、歩くたびに離れていっているのだろうか。 試しに立ち止まってみると、何もしなくても扉は離れていった。

そんな意地悪な話ってないや……。

ようやく辿り着いて扉を開けると、眩しいばかりの光が溢れている。 楽園に来たみたいで安心したら、途端にヘタヘタになってしまった。 何も持たない裸足の旅人を哀れんで、水をくれる素敵な人がいた。 そして銜えなさいと言って、小さくて細い宝物をくれた。

何ていいところなんだ、ここは……。

銜えていると、宝物はピーピー鳴いた。 折角くれたのに、その人はまた宝物を取り上げると一瞥して言い放った。

「三十九度五分、薬呑んで寝なさい、お馬鹿」

そして無愛想な薬を飲み干し、哀れな旅人はまた、もと来た道を引き返すのだ。

2005年2月に第二回『千文字世界』に投稿した作品です。 賛否両論、色々と勉強になった一本です。

2005.02.04 投稿

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