短編集

女優のかたまり

女優のかたまり

わたしは女優、一度役を与えられると、そこにわたしはいなくなる。 そこにいるのは、見も知らぬ赤の他人、別の人。 わたしはその人に支配される。 わたしの身体は、赤の他人に操られる。

 

ある時は何事にも恵まれた幸せな人。

ある時は怒涛の人生を駆け抜けた悲劇の人。

性別さえも超越する、それはわたしが女優だから。

 

わたしはわたしでありながら、見も知らぬ赤の他人の人生を歩む。 そこではわたしは居ない存在、この口は知らない人の言葉を紡ぐ。

わたしはわたしではあり得ない、この身体はわたしの命令を聞かない。 そこではわたしが幻となり、与えられた役がわたしとなる。

 

わたしではない人が笑えばその口は笑い、黒い怒りに駆られれば、同じ口が知らない罵りの言葉を吐く。

わたしが笑っていても、その目は涙をためて、傍観しているというのに、同じ目は痛みに耐えかねている。

それはわたしが女優だから。

 

ある時は軽やかに踊り、ある時は手足が動かなくなる。

ある時は手の内でものを企み、ある時は初めてのように騙される。

 

わたしはわたしでありながら、知らない人となっている。 わたしではない人が、さもわたしであるように振舞っている。

この口は、今は誰のもの?

この身体は、誰が支配しているの?

わたしの目の前にいるこの人は、わたしの知っている人? そうじゃない人?

 

この部屋は誰のもの?

この服は誰が買ったもの?

わたしは今誰であるのか、誰であったのか。

あまり多くの役にはなれない、なってはならない。

あまりに長い時間、わたしを放してはいけない。

 

わたしが迷子になってしまう。

 

わたしの役は、多いかもしれない。

どんどん増えてゆくのかもしれない。

けれど、その数は少しずつ減ってゆき、最後に残るのは一人だけ。

その最後の一人は、誰だろう?

その最後の一人が現れるまで、わたしはわたしを支配しよう。

その最後の一人が見えるまで、わたしはわたしの目を借りよう。

その最後の一人が喋るまで、わたしはわたしの言葉を繰り返そう。

 

この身体は誰のもの? それはわたしの役の誰かのもの。

一度与えられれば、わたしはその人の道を歩む。

終わりが見えるまで、わたしはその人の足で歩く。

そうであって初めて、わたしは女優なのだから。

朝ごはんを食べながら、ニュースを見ながら漠然と思いついたのですが、結構シュールですね。

2005.01.15 掲載

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