わたしは女優、一度役を与えられると、そこにわたしはいなくなる。 そこにいるのは、見も知らぬ赤の他人、別の人。 わたしはその人に支配される。 わたしの身体は、赤の他人に操られる。
ある時は何事にも恵まれた幸せな人。
ある時は怒涛の人生を駆け抜けた悲劇の人。
性別さえも超越する、それはわたしが女優だから。
わたしはわたしでありながら、見も知らぬ赤の他人の人生を歩む。 そこではわたしは居ない存在、この口は知らない人の言葉を紡ぐ。
わたしはわたしではあり得ない、この身体はわたしの命令を聞かない。 そこではわたしが幻となり、与えられた役がわたしとなる。
わたしではない人が笑えばその口は笑い、黒い怒りに駆られれば、同じ口が知らない罵りの言葉を吐く。
わたしが笑っていても、その目は涙をためて、傍観しているというのに、同じ目は痛みに耐えかねている。
それはわたしが女優だから。
ある時は軽やかに踊り、ある時は手足が動かなくなる。
ある時は手の内でものを企み、ある時は初めてのように騙される。
わたしはわたしでありながら、知らない人となっている。 わたしではない人が、さもわたしであるように振舞っている。
この口は、今は誰のもの?
この身体は、誰が支配しているの?
わたしの目の前にいるこの人は、わたしの知っている人? そうじゃない人?
この部屋は誰のもの?
この服は誰が買ったもの?
わたしは今誰であるのか、誰であったのか。
あまり多くの役にはなれない、なってはならない。
あまりに長い時間、わたしを放してはいけない。
わたしが迷子になってしまう。
わたしの役は、多いかもしれない。
どんどん増えてゆくのかもしれない。
けれど、その数は少しずつ減ってゆき、最後に残るのは一人だけ。
その最後の一人は、誰だろう?
その最後の一人が現れるまで、わたしはわたしを支配しよう。
その最後の一人が見えるまで、わたしはわたしの目を借りよう。
その最後の一人が喋るまで、わたしはわたしの言葉を繰り返そう。
この身体は誰のもの? それはわたしの役の誰かのもの。
一度与えられれば、わたしはその人の道を歩む。
終わりが見えるまで、わたしはその人の足で歩く。
そうであって初めて、わたしは女優なのだから。