短編集

根性大根

根性大根

ある日、一本の大根が自我を持ちました。 なぜ急に自我に目覚めたのかなんて、誰にも分かりません。 ただ言える事、それは今や大根はしっかりと自己意識を持っているという事です。

その日、大根はリビングに隣接した台所の大きなスーパーの袋の中にいました。 他の野菜たちに紛れて納まっていたのですが、妙にウズウズしてきたので、体重を斜めにして動こうと努力してみました。

――ぼとん。 ごろごろごろ……

フローリングされた床に転がってしまったようです。 折角なので、大根はリビングまで転がって行く事にしました。

 

リビングには誰もいませんでした。 誰もいないのに、テレビだけは明々と付いていました。 やかましいその薄っぺらな四角いものがテレビだという事を、大根は知りませんでしたが、面白そうだったのでしばらく見ている事にしました。

大根には目も耳もありませんでしたが、ちゃんとテレビから流れる情報を理解していました。 なぜそんな事が可能なのか、そんな事誰にも分かりません。 ただ言える事、それは大根がテレビに興味を持ったという事です。

大根にとって非常に興味深い情報が流れてきました。 世界中で食用の肉が危機にさらされているようでした。

牛肉もダメ。

鶏肉もダメ。

余っているのに、とても美味しそうなのに、人間は食べようとしないのでした。

こうなると今度はいつ豚肉も羊やヤギの肉もダメと言われるか分かりません。

人間が肉を食べようとしません。

いつ他の肉食の動物たちまでが肉断ちを始めるか分かったものじゃありません。

 

大根は考えるごとに不安になっていきました。

肉がダメなら、きっと次に狙われるのは野菜たちだ。 必要以上にもぎ取られ、食い荒らされて、野菜が全滅してしまうかもしれない。 ううん。 人間だけじゃない。 世界中の肉食の動物たちまでが一斉に野菜に群がったとしたら、犬や猫、いいや、ライオンや鷲なんかまで野菜を狙い始めたらどうしよう。

 

大根は怖くなって身震いしました。 なぜ大根が犬や猫、ライオンや鷲が肉を食べる動物であると知っているのか、そんな事誰にも分かりません。 ただ言える事、それは今確かに大根は起こるかもしれない野菜大虐殺に怯えているという事です。

大根は必死になって考えました。

その時、人間がやってきてリビングに転がっている大根に小首を傾げながら、もとのスーパーの袋に戻してしまいました。 袋の中でも、大根はずっと考え続けました。

 

その日の夕飯に、ジャガイモが数個皮をむかれて、ぶった切られて、グツグツの鍋の中に放り込まれる様を見て、大根はまたも身震いしました。 身震いした時、袋がカサカサと音を立てました。 人間が振り返って小首を傾げましたが、相変わらずジャガイモを鍋に放り込んでいました。

その後もずっと大根は考え続けました。 考え続けた結果、大根は自分の身は自分で守るしかないと結論を出しました。 大根は、気合を入れると袋からごろごろ転がり出ました。 転がり続けてリビングを横切り、尚も転がり続けて玄関に到達しました。

このドアさえ開いたら、さっと飛び出して転がってやるんだ。

じっと物陰に隠れて、大根はその瞬間を待ち続けました。 何時間も待ち続けて、ようやくドアがカチリと音を立てました。

今だ!

大根は開いたドアの隙間から、疾風のごとく躍り出て、唖然として振り返る人間には目もくれず、一目散に転がり出て行きました。

 

新しい世界へ、大根は飛び出していったのです。 何が待ち受けているのか、何が起こるか分からない世界へ飛び出していったのです。 なぜ大根がそんな事をしたのかなんて、誰にも分かりません。 ただ言える事、それは大根は今や自分の行く道は自分で決めるという事です。

たまたま、うちの台所にあった大根が妙な哀愁を帯びて袋に収まっていたのです。

2004.02.11 掲載

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